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荒井首相秘書官はなぜ更迭されたのか -政治家が同性婚に反対するたった1つの理由

このところ、日々のニュースに疲れることが多い。いつから政治は、同じ場所から一歩も動くことがなくなってしまったのだろうか。うんざりするほど聞き飽きた失言と更迭劇が、なぜこうまで平然と繰り返されるのだろうか。

岸田文雄首相は4日、同性婚を巡り差別発言をした荒井勝喜首相秘書官を更迭した。訪問先の福井県坂井市で記者団に明らかにした。荒井氏の後任には同日付で経済産業省秘書課長の伊藤禎則氏を起用した。

荒井氏は3日夜に同性婚の在り方に関して記者団に発言した。「(同性婚の人が)隣に住んでいたら嫌だ」「同性婚を導入したら国を捨てる人もいると思う」などと語った。同日中に発言を撤回したものの、首相は事態を重くみた。

岸田首相、荒井秘書官を更迭 同性婚巡り差別発言|日本経済新聞より抜粋 太字筆者

筆者はこれまで何度か、本サイト上で同性婚に関する議論を取り上げてきた。

筆者自身がセクシャルマイノリティ当事者であるという以前に、この問題には極めて重要な点を見落とされながら議論され続けているという強烈な違和感がある。

本稿では荒井勝喜首相秘書官の更迭劇から、「セクシャルマイノリティと政治」に隠されているテーマを紐解いていきたい。

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経産官僚から総理秘書官へ

更迭が決まった荒井勝喜首相秘書官とはどのような人物なのか、様々な視点から注目が集まっている。

荒井氏は1991年に通商産業省(現・経済産業省)に入省。総括審議官などを経て2021年10月の岸田内閣発足時に首相秘書官に起用された。

 首相秘書官は、首相に対して政策の助言や国会答弁の準備、スケジュール調整などを担う。岸田内閣では政務担当2人と財務、外務など省庁出身の事務担当6人の計8人が務めている。

91年に通商産業省入省、総括審議官など経て岸田内閣発足時に首相秘書官に…荒井氏|読売新聞より抜粋

出身大学は首相と同じ早稲田大学。1991年に当時の通商産業省に入省し、資源エネルギー庁や公正取引委員会でも役職を務めた後、通産省が名称を変更した経済産業省で20年近いキャリアを積み、同省での最終役職は商務情報政策局長。(2021)

2008年に岸田首相が福田康夫政権の国民生活担当大臣を務めていた際には消費者庁設置の準備室で企画官として支えた経緯があり、また首相首席補佐官を務める嶋田隆は経産省で直属の上司に当たる。

省内ではいわゆる「介入派」として知られ、東芝の経営再建や台湾企業によるシャープ買収などにも辣腕を振るった。将来の事務次官候補と目されており、秘書官就任はその布石とも言われた。

総理秘書官とは、省庁や個人スタッフから抜擢された官邸内で最も首相に近いサポートチームで、岸田政権では8名がその人に就いている。8名のうち岸田文雄事務所からの登用はわずか1名で、残り7名は全て霞ヶ関の官僚出身だ。ちなみに、荒井の後任が決まっている伊藤禎則も経産省秘書課長である。

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「荒井発言」はなぜ飛び出したのか

発言要旨と弁明

問題の発言は、2月3日午後8時過ぎに飛び出した。発言の要旨は以下である。

  • 同性婚制度の導入で社会が変わる。
  • 社会に与える影響が大きくマイナスだ。秘書官室もみんな反対する。
  • 隣に住んでいるのもちょっと嫌だ。
  • 同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる。

首相官邸での取材中に行った発言で、報道各社は記事中で一様に「オフレコを前提としたものだった」としている。

発言が報道された後、午後11時半頃に再び記者団の前に姿を表し、以下のように謝罪・弁明した。

 ◆先ほど(オフレコの)囲み(取材)で、やや誤解を与えるような表現をしまして、大変申し訳ありませんでした。同性婚のところで、社会の中で賛成意見を持つ方、反対意見を持つ方、いろいろいらっしゃると言ったが、僕個人がそれに対してどういうふうに思うかと言ったところはきちんと撤回をさせていただきます。それは個人の意見であって、今の公職においての意見では全くなく、完全にプライベートの意見でしたが、ただプライベートの意見であってもこういうポストにある人間が、個人的な意見であっても言うのは望ましくないというところは、全くおっしゃる通りだったので、そこについては完全に撤回をさせていただきます。

岸田政権は、非常に包摂的で格差のない社会を目指すということなので、それは僕も全く同じです。そういう方向に向かって、きちんとしっかり進めたいと思います。

(中略)

 ――発言の内容自体には、問題はなかったと思うのか。

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 ◆発言の内容は、僕は基本的にそんなに差別をしてる人ではないので、どういう人であっても一緒にきちんと共生して過ごしていくという人間なので、そこに対して、特別差別的な意識を持っているわけではないので、プライベートの意見としてでも、もし差別的なことを思っていると捉えられたとしたら、それも撤回します。

(中略)

――「秘書官全員で話しても、皆そういう考えだと思う」という趣旨の発言もしたのか。

 ◆考えじゃないかなという。同世代だからという、そういう趣旨で言ったんですけど、そこも撤回します。勝手に他の人の意見を言ってしまうのもあれなので。実際、聞いているわけではないので。すいません、撤回します。

 ――「同姓婚なんて導入したら、当事者よりも多く、国を捨てる人が出てきてしまう」という発言はあったのか。

 ◆賛成、反対いろいろあって、反対の人が多いのではないかという趣旨で。国を捨てるというか、嫌だと、この国は嫌だと思う人がいるのではないかと思うという話はしました。賛成、反対の人がいるということは、そう思いますが、そこで捨てると、もし僕が表現していたとしたら、それは撤回します。

(中略)

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――同性婚などが理解が得られないということで、いろいろな思いを抱えてる方々に対する思いはないか。

 ◆もちろんその方々の、わかりますよ立場は非常に。だって本人は全く悪いことはないわけですからね。世の中の見方、賛成、反対、いろいろあるが、本人たちは何の罪もなくて、僕個人としてもシンパシーはあります。やはり尊重されないといけないというところはあると思います。

 ――「隣にいるのも嫌」という発言が本意ではなかったにせよ、(性的少数者らを)傷つける結果になりかねない。メッセージはあるか。

 ◆それは申し訳ないと思いますので、おわびをして、後はきちんとそういう人たちが浮かばれるように努力をしていくということで報いるということだと思います。

(以下略)

更迭の荒井首相秘書官「同性婚、社会変わる」 発言要旨と詳報|毎日新聞より抜粋 太字筆者

(以上「更迭の荒井首相秘書官「同性婚、社会変わる」 発言要旨と詳報|毎日新聞」「更迭の秘書官は、首相のスポークスパーソン 首相を擁護中に差別発言|朝日新聞」参照)

きっかけは首相発言

荒井秘書官の発言は、岸田首相による2月1日の国会答弁に起因するものである。

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岸田文雄首相は1日の衆院予算委で、同性婚の法制化に関し「極めて慎重に検討すべき課題だ」と述べ、否定的な考えを改めて示した。同性カップルに結婚の自由を認めようとしない理由について「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と強調した。

首相、同性婚に否定的な考え 「社会が変わってしまう」|東京新聞より抜粋

この段階でも「同性婚」にまつわるトピックは盛り上がりを見せており、様々な意見や批判が集中した。そうした流れの中での荒井秘書官による発言が、首相の答弁に同意する趣旨であったことは疑いようがない。

だが一方(また当然ながら)、首相は「隣に住んでいるのもちょっと嫌だ」「国を捨てる人が出る」などとは発言はしていない。両者の発言が重なるのは、「家族観や価値観、社会が変わってしまう」の件のみだ。

この首相発言については後述する。

原因は「無邪気さ」?!

先述のように、報道各社によると荒井秘書官は「オフレコを前提としたもの」として発言した。しかし御覧頂いたように、発言は既に多くのメディアが取り上げている。あまりに突飛な発言から、取り上げざるを得なかったというのが実態だろう。

発言内容に対する怒りは真っ当である。G8各国の中で同性婚を認めていないのは日本とロシアだけであり、「国を捨てる人が出る」というのはとても考えられない。また「隣に住んでいるのが嫌だ」というのは明らかな誹謗である。

こうした発言は、荒井秘書官が自ら無邪気なまでのホモフォビア(同性愛者に対する恐怖・嫌悪)を暴露してしまった結果としか考えられない。

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筆者はホモフォビアそのものに対して、過度な批判を行うつもりはない。内心の自由は憲法が保証するところであり、性的少数者がそのセクシュアリティをもって排除される社会であってはならないのと同様に、内心をもって排除される社会でもあってはならないだろう。

むしろ問題は、公職にありながらそれを口にしたことにある。彼自身が述べていることの中でも部分的に妥当であると思われるのは以下のやりとりだ。

――「秘書官全員で話しても、皆そういう考えだと思う」という趣旨の発言もしたのか。

 ◆考えじゃないかなという。同世代だからという、そういう趣旨で言ったんですけど、そこも撤回します。勝手に他の人の意見を言ってしまうのもあれなので。実際、聞いているわけではないので。すいません、撤回します。

このようなホモフォビアは、何も彼に限ったことではないはずだ。年代を問わず、こうした考えの持ち主は存在するし、また時にそれを口にする。

首相秘書官という立場にあって述べた以上、彼の発言が「政府としての方針」として取られる可能性も十分にあるというのが、問題の根幹なのだ。そのうえで更迭されたのだから、岸田首相の意は別の所にあると考えるのが普通である。

しかし、ことはそう単純ではない。

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秘書官発言が問題の本質ではない

岸田首相が述べる更迭の理由

更迭の判断は早かった。荒井秘書官による発言の翌4日、出張先の福井で岸田首相は以下のように述べる。

――荒井氏が同性婚を巡り差別的な発言をしました。のちに謝罪し撤回しましたが任命者としての責任と荒井氏の進退をどう考えますか。

「まず岸田政権は持続可能で多様性を認め合う包摂的な社会を目指すということを申し上げてきた。今回の荒井秘書官の発言はそうした政権の方針とはまったく相いれないものであり、言語道断だと思っている。厳しく対応せざるを得ない発言だと思っている」

――首相秘書官の職を辞することになりますか。

「いまそう受け止めている。至急、具体的な対応を考える」

荒井秘書官を更迭意向 岸田文雄首相の発言全文|日本経済新聞より抜粋 太字筆者

既に更迭を示唆しており、同日中に更迭が決定。後任まで素早く決まった。

問題は引用太字部分、「岸田政権は持続可能で多様性を認め合う包摂的な社会を目指す」という部分だろう。岸田首相の答弁を踏まえた発言が、岸田政権の方針と相容れないということが果たしてあるのだろうか。

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1日の答弁をもう一度引用する。

岸田文雄首相は1日の衆院予算委で、同性婚の法制化に関し「極めて慎重に検討すべき課題だ」と述べ、否定的な考えを改めて示した。同性カップルに結婚の自由を認めようとしない理由について「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と強調した。

首相、同性婚に否定的な考え 「社会が変わってしまう」|東京新聞より抜粋

同性婚を「家族観や価値観、社会が変わってしまう極めて慎重に検討するべき課題」だと強調することは、果たして多様性を認め包摂的な社会を目指していることになるのだろうか。

結果として荒井秘書官を切ることとなったが、実際は自らの答弁の鎮火も見込んでいるのだろう。問われるべきは政権の姿勢そのものである。

政治家が「同性婚」に反対する理由

こうした点からわかるのは、少なくとも岸田首相自身に同性婚に関する一貫した考え方を持っていないということである。時と場合によって発言内容を変えるのは政治家の常だ。

しかしそうでない場合もある。以下は安倍晋三元首相の秘書官も務めた井上義行参議院議員による、先の参院選で自民党の比例から出馬した際の発言である。

「今私は分岐点だというふうに思っています。なぜ分岐点か。それは今まで2000年培った家族の形が、だんだんと他の外国からの勢力によって変えられようとしているんです。昔は皆さん、考えてみてください。おじいちゃんおばあちゃんやお孫さんと住んだ3世代を。その時は社会保障そんなに膨れてこなかった。でも核家族だ、核家族だ、個々主義だ、こういうことを言っている」

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「そしてどんどんどんどん、僕はあえて言いますよ、同性愛とか色んなことでどんどん可哀想だと言って、じゃあ家族ができないで、家庭ができないで、子どもたちは本当に日本に本当に引き継いでいけるんですか。しっかりと家族を産み出し、そして子どもたちが多く日本にしっかりと産み育てる環境を私たちが今作っていかなければいけないと思いませんか皆さん。その闘いでもあります」

「同性愛とか色んなことで可哀想だと言って…」自民比例・井上義行候補の発言に波紋|ハフポストより抜粋 太字ママ

「家族の形」を全面に押し出すのは、彼を全面的に支援していた旧統一教会を含めた宗教右派による主張を意識したものであることは明白であろう。彼はこのとき当落線上にあり、1票でも多くの積み増しを必要としていた。

このように、政治家の発言は常に「有権者」「票」を意識したものである。岸田首相個人の考えは脇において、少なくともこうした議員を擁し、当選させ、所属させている政党の党首として、「家族の価値観」「社会が壊れる」などと言わなければならないというのが本当のところである。

一方「多様性を認め包摂的な社会を目指す」というのもまた、対外的なお題目に過ぎない。これは与党に限ったことではなく、かつて右派と目されていた立憲民主党所属の議員が、同性婚に関して2017年衆院選と2021年衆院選で主張を変えている(もしくは隠している)例は少なくない。

所属政党と自らを支持する票によってポジショントークを繰り広げるのが政治家であり、これはある意味まっとうな民主主義の在り方とも言えるだろう。

「同性婚実現」は、もはや死語

「同性婚」の反対者は、「社会が変わる」「価値観が変わる」「当事者は特別扱いを求めていない」と口をそろえて言う。彼らは、新しい制度が実現することによって何かが「変わる」ことを恐れているのだ。

筆者は、制度実現としての「同性婚法制化」がもはや不可能であることを直視するべき時が来ていると考える。なぜならこの議論が結局のところ「賛成」「反対」のポジショントークと、ホモフォビアを全面に出した失言更迭劇しか生み出していないからだ。

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同性婚に肯定的な考えを示す人々は一様に、「結婚の平等化」を主張するべきである。憲法・民法に規定された婚姻制度が異性愛者のみのものとされていることが問題なのだから、「婚姻の権利」を平等にするための法改正、必要であれば憲法改正を求めるという点に絞る必要がある。

なお、現在日本各地で行われている「『結婚の自由をすべての人に』訴訟」もこれに基づくものである。

「制度設計」を目指す運動ではなく、「差別解消」を目指す運動であるべきなのだ。

差別が解消されることで社会や価値観が変わることに、反対する理由はどこにもない。また「特別扱い」などということもなくなる。よりフラットで現実的な議論こそが、現在の状況を打開する唯一の道なのである。