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国民民主党、分党へ②ー維新と国民との共闘は可能かー

国民民主党、分党へ②ー維新と国民との共闘は可能かー

編集部注:この記事は「国民民主党、分党へー①連合、旧民主、れい新、共産ー」の続編です。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200811/k10012562791000.html

 国民民主党が分党について、前回の記事では、れいわ新選組と旧民主党最大の支持母体である連合との関係性を分析した。今回は、国民民主党(玉木氏)と維新との関係性、共闘の可能性についての分析をしてみたいと思う。

 なお、分党前の国民民主党は、そのまま国民民主党、便宜的に玉木氏が分党してつくる新党については国民民主党(玉木氏)とする。

躍進見込みの日本維新の会

 昨今の世論調査では、しばしば、世論調査の結果として野党第一党に躍り出ることが多くなった維新。特に、今年4月の目黒区長選挙では、維新系の候補者が24%を獲得し、政界関係者を驚かせた。今年7月実施の東京都知事選挙でも、維新系の小野候補が短期間の選挙戦の中で61万票を獲得し、勢いが依然として落ちていないと言われた。大都市圏での無党派層からの大量得票を期待する声も聞く。1000万票前後獲得し、衆議院の比例ブロックでは野党第一党、近畿ブロック第一党も予測されている。この勢いを考え、維新と国民民主党(玉木氏)が共闘するべきだ、という声もあるようだ。その可能性について検討したい。

国民民主党(玉木氏)と維新の共闘可能性についてー全国展開は可能か?

 前回、2017年の衆議院議員選挙では、旧希望の党と維新の党は選挙協力をしている。維新の強固な地盤がある大阪には旧希望の党は候補者を立てない代わりに、旧希望の党代表の小池百合子氏の地盤である東京には維新は候補者を立てないという形で棲み分けを行った。両者とも改革路線を標榜しており、一見すると共闘しやすいように見える。

  しかし、現実の選挙戦では、厳しい現実がある。端的に言うと、維新・国民(玉木氏)の共闘の場合、全国展開が難しい点である。

 第一に国民民主党の地盤である。国民民主党の強みは、企業城下町における旧同盟系民間企業労組の地盤と強い後援会を持つ保守系の候補者がいることである。トヨタのお膝元である愛知県やスズキ自動車やヤマハ発動機のお膝元である静岡県、日立の企業城下町である日立市、パナソニック就労者が多く住む大阪の市部で国民民主党は非常に強い。国民民主党は、立憲民主党には参院比例区で得票が負けているものの、個人レベルでは小選挙区を勝てる候補者がおり、地域によっては圧倒的な地盤を持つ議員がいる。

 一方、立憲民主党の最大の支持母体である官公労は、総得票数では旧同盟系労組より集票能力は劣るものの全国津々浦々展開できる点が強みである。市役所や学校は全国津々浦々存在し、全国規模の選挙戦が展開できる。農村部や山間部でも選挙ができる。国民民主党は、都市部や工業地帯で強い反面、民間企業が少ない農村部や地方部では組織戦そのものが厳しい。この弱点をいかに克服するかが国民民主党の課題である。

 一方、維新は、大阪や東京などの大都市圏を地盤とした、都市型政党である。大都市部での大量得票が期待される反面、地方では地盤が弱いのが現実である。農村部や山間部での地盤が乏しい上に、地方の都市型選挙区である県庁所在地や地方都市の選挙区にも立てられない現実がある。2000年代の無党派旋風では、地方の都市型選挙区で、組織が弱い地域からも多くの新人議員が旧民主党から当選した。県庁所在地のある地方都市では、野党系候補が自民党候補を圧倒するという1区現象」が各地で発生した。そうした局面を作り出すことも、維新は、まだまだ厳しいというのが私の見立てである。

 維新・国民民主党共に、大都市圏を局地的に抑えており、維国が共闘しても全国展開が厳しい現実がある。その点をどうするかが課題である。

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旧新進党・旧自由党と日本維新の党(2012)の教訓から何を学ぶべきか?

 保守2大政党制の構想を語る識者・政治家は非常に多い。1996年の新進党、2012年の日本維新の党でその萌芽があったのも事実だ。ただし、その後の展開で、野党第一党もしくは野党第一勢力から転落した。この原因について分析したい。この二つの政党は、野党第一党もしくは比例第一党になることができたが、その後、野党第一党の立ち位置から外れた。

 その理由の一つに、旧新進党・旧自由党、日本維新の党が共に都市型政党だった点にある。旧新進党は支持母体の創価学会と保守系候補が強い地盤を持ち地方でも相当数集票できたが、旧自由党全国展開できる組織を引き継ぐ点で失敗をした。

 旧新進党の解党後、保守派は旧自由党へ、旧公明党系の人は公明党へ、民社党系やリベラル派は旧民主党へと移った。旧自由党は当初、保守二大政党制を目指し、解党直後こそ旧民主党と議席数を争ったが、最終的に旧民主党が野党第一党になった。その一因に、旧自由党は、岩手など一部の旧新生党時代からの地盤がある地域を除けば、都市に地盤を持つ都市型の保守政党だったことにある。都市型の保守政党として、自由党は、小さな政府、特殊法人の民営化・廃止、政治改革といった政策を提示していた。旧民主党は、改革を標榜しつつも、全国展開できるボランティアを育成し、全国展開可能な団体である官公労や日教組を支持母体にした。全国展開できる支持母体の有無が明暗を分けた。

 同様のことは、日本維新の党(2012年)にも言える。当時、橋下代表は飛ぶ鳥を落とす勢いがあった。石原慎太郎都知事とも連携を組み、東京と大阪をダブルで抑え、政権取りを仕掛けにいった。2012年の衆院選で、日本維新の党は54議席を獲得し、旧民主党は59議席で、5議席差まで迫った。また、衆議院比例区では、日本維新の党は1200万票、旧民主党は900万票であった。一見すると、旧民主党勢力より維新の方が巨大になったように見える。

 ところが、2013年以降、旧民主党勢力の方が安定して1000万票前後獲得し推移した。2016年以降は共産党が野党共闘に加わったこともあるが、全国規模で選挙ができるかがその明暗を分けたと考えることもできる。2013年の参院選、橋下徹氏の勢いがあった時でも、比例6、選挙区2である。2人区でみんなの党と競合したことも要因ではあるあが、農村部・山間部はおろか、地方の都市部でも候補者を擁立できない、もしくは選挙区に勝つことが厳しい、という状況があった。

 旧民主党勢力が依然として野党第一勢力として戦えるのは、旧民主党が農村部や山間部、地方都市できるだけの地盤、組織があるからだ。

 日本維新の党が政権を獲得するとなった時、都市型政党とはいえ、大都市圏だけではなく地方都市で勝つことが求められる。同じ地方でも地方都市は、改革政党を支持する有権者も多く、都市型選挙区の特徴を強く持つ。地方都市における全国展開ができるかどうかが、維新が一連の野党再編で主導権を握ること、ひいては政権獲得する際の大きなカギになるであろう。

おわりに

 維新と国民民主党(玉木氏)との共闘について、多くの維新、国民民主党(玉木氏)の支持者が期待しているが、現実に、衆議院選、参議院選を戦うとなると全国展開で厳しさがある。この点をどう克服していくかが、維新と国民民主党(玉木氏)が共闘する際の一つのハードルとなるであろう。

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