【政治家インタビュー #3】国民民主党 山尾志桜里衆議院議員 前編

 おとな研究所は、「政治家インタビュー企画」を不定期で連載している。今回は、国民民主党・山尾志桜里衆議院議員に、お話を伺った。

―大学を卒業されるまでの生い立ちについて教えてください。
「宮城県の仙台市に生まれて、小学校に上がる前くらいに家族3人で東京に引っ越してきました。東京では何度か引っ越しましたが、主に学生時代まで中央線沿いの三鷹市、武蔵野市に住んでいました。今も、そこに住んで、育った街で子育てをしています。大きな出来事は、小学校高学年の頃、アニーのミュージカルで主演を演じたということがあります。後から気づいたことですが、あのミュージカルには、1930年代の米国で孤児のアニーが時のF.D.ルーズベルト大統領を“Tomorrow”で勇気づけ、ニューディール政策のとば口を開くという、政治的要素が多分に入っていました。アニーを通じて、人の前で自分の言葉とか全身を使って何かを表現し、動かすことの楽しさを経験できたし、舞台のなかで政治と言う場面を作っていたことは、感慨深いことです。
 その後は、人生のハイライトはこれにて終了といった感じで、なかなか次の目標が定まりませんでした。しかし、進路を決めるにあたって、裁判を傍聴した経験をきっかけに、検察官と言う仕事の魅力、被害者や亡くなった人の代わりになって正義の代弁者になると言う立場や、自分で現場に行って証拠を集め、人を説得していくというアクティブさに惹かれ、大学では司法試験を目指しました。」

―政治家に転身したきっかけは?
「検察官を務めた4年間の間、やりがいのある仕事に充実感を感じていました。ただ、政治家を目指すようになったのは、3年目の頃、中学生数人と成人男性1人のグループが、60歳を超えた女性のホームレスの方の命を奪ってしまったという事件を、担当したことがきっかけでした。中学生や成人男性の取り調べをしたり、遺族の声を聞いたりしているうちに、社会の問題の縮図が見えてきました。景気の悪くないリーマンショック前の状況であっても、ごく普通の中学生が、賽銭泥棒から、路上のひったくり、そしてホームレスの方の命を奪ってしまいました。このように、犯罪傾向がエスカレートしていくその途中で、家族も、学校現場も、近隣社会も、ちゃんと止めるという役割を果たせませんでした。愛知県と言う当時経済状況の悪くない県でも、まだまだ教育資源が乏しいという状況を見て、どうにかしないといけないと思いました。(加害者の)無職の男性も、心身に故障があるわけではなく、仕事を選ばなければ生きていける状況にありましたが、そのような『自己責任』のツケを回されたのは被害者の方でした。
 そういう社会の課題を目の当たりにして、根本的な課題解決の仕事をしたいと思い、政治家を志しました。4年足らずで辞めることには悩みもありましたが、次の目標が見つかった以上、早く政治家としてキャリアを積んでいこうと思い、民主党(当時)の公募に応募しました。」

―平成21(2009)年の政権交代と同時に初当選されましたが、そのときの思いは?
「政権交代間近の、社会的な高揚感のなかで、2007(平成19)年の冬に私は検事をやめて候補者になり、政権交代と同時に政治家としての一歩を踏み出し始めました。昔からこれだけ先進国だ、民主主義国だという教育を受けながらも、実際は(自民党の)一党支配が何十年も続いているのはおかしい、日本の民主主義はハリボテなんじゃないかと思っていました。あまり政治に強い関心はなかったけれども野党に一票を入れ続けていた有権者でしたので、政権交代の一員として日本に二大政党制を根付かせて、真の民主主義国への第一歩を生み出すんだと思っていました。」

―愛知7区から比例東京に選挙区を移動されましたが、国民民主党の一員としてどのように戦っていくつもりですか?
「国民民主党は野党ではあるけれども、野党でも政策を実現できると伝えたいと思っています。(2009年の)政権交代は失敗と言う烙印を押されていますが、もう一度政権交代をしてもらおうという気持ちがあります。野党でもできるというところをたくさん見せて、国民の側から政権を任せてみようと、言ってもらえな いといけないと思います。
 国民民主党はとにかく国民から声を吸い上げ、それを政策と言う形で提案する。そして与党でも野党でも力をかりて、ひとつでも政策を実現させることで、声を届けてくれた人に戻していく。そういうことを現にやっていますし、やろうとしています。
 つい最近(インタビューは1月に実施)も、出産を控えた妊婦さんが入院していた病院が、コロナ専門病院になるということで転院をさせられて、出産費用の差額25万円が負担になってすごく困るし不安だという投稿をSNS上で見ました。国民民主党の議員がつながっているLINEグループにそのことをすぐに投げて、みんなで共有しました。コロナ専門病院を作って集約していくことは重要ですが、そのしわ寄せが患者さん、ましてや妊婦さんに行ってはいけないので、精神的・経済的負担は行政が責任を持たなければいけないという話を夜中みんなでしました。そこで翌日内閣委員会で矢田わか子議員がこの問題に関して質問をして、加藤官房長官が『対処します』と明言し、小池都知事が『転院によって生じる差額も面倒を見ます、なるべく同じ医師がかかわれるようにします』と表明してくれました。
 やっぱり、そうやって野党でもできるということを積み重ねたうえで、その先に国民の側から期待される政権交代が見えてくると思います。」

―比例東京ブロックに転出されたことで、これまでと変わったことは何ですか?
「次回は、山尾志桜里に託してくださいという選挙でなく、国民民主党に託してくださいという選挙になりますので、国民民主党の政策実現型や、公開と参加を大切にするあり方というものを伝えていきたいと思っています。比例東京ブロックは広いので、どぶ板選挙からは卒業する転機にしたいと思います。広い選挙区でも、インターネットでの発信も含め、政治家としての仕事を知ってもらったり、一緒に政策を実現するプロセスを喜び合ったりすることで、結果的に『もう一期がんばれ』と言ってもらうと言った形に変えて行きたい。」

―二大政党制は、国民民主党を大きくして実現するつもりですか?それとも他党と合併することで実現するつもりでしょうか?
「まずは連携ありきでなく国民民主党の政策・手腕を強化してから、どのような方法で大きな集団を作っていくか考えて行けば良いと思います。」

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 前編は、ここまで。次回は、国政における重要課題が主なテーマである。後編もお楽しみに!

 

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大学院生2年目です。法律や経済など幅広く投稿します。

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