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【主張】水谷選手による「とある国」ツイートの問題点-SNS上の「誹謗中傷」も「差別」もあってはならない。

 筆者自身、全くこの記事を執筆することは乗り気ではない。今回話題にしたい一連の事柄の中で起きたこと同様、筆者の主張が曲解され、拡大解釈されることは本意ではないし、そもそも本件に関して何か強い主張があるわけではないからである。

 一方で、SNS上での議論が感情的になり、ファクトが置き去りになったまま新たに傷つく人が増えるのも見るに耐えないものがある。本件は極めてセンシティブな問題を孕んでおり、議論そのものが感情的になった時点で収集がつかない部分もあるが、本稿では少なくとも筆者の主張が読者に可能な限り冷静な論として伝わることを目的としていることは付記しておきたい。

日本初の快挙にもかかわらず、誹謗中傷の嵐

 今回の東京オリンピックでの新種目となった卓球 混合ダブルスは、決勝戦で中国代表の劉詩雯/許昕ペアを、日本代表の水谷/伊藤ペアが抑え、初代王者に輝いた。序盤は中国有利で進んだものの、その後日本が3ゲームを連取し、接戦の末勝利。まさかの快挙に、日本中が沸いた。

 一方、銀メダルを獲得した劉詩雯/許昕ペアへの中国メディアの扱いは非常に厳しいものとなった。

負けた中国ペアには、中国メディアから、容赦ない厳しい質問が飛んだ。

「大勢の国民が応援していたのに、なぜ勝てなかったのか?」

「敗因は何だと思うか?」

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 これに対し、劉詩雯は「この結果を受け入れるのがつらい。チームに申し訳ない。実力が足りなかったと思う。皆さんに本当に申し訳ない」と涙を流しながら、やっと言葉を絞り出した。

 許昕も「皆が期待してくれていたのはよくわかっていた。競技においては結果がすべてだ。いちばん高いところに立った人だけが、人々の記憶に残る。チームにとっても、この結果は受け入れられるものではない」と肩を落とした。

中国の最強卓球ペアが負けた瞬間 中国メディアは厳しい報道をするも、SNSでは真逆の反応が……(中島恵) – 個人 – Yahoo!ニュース

 しかしSNS上では両選手を激励し、健闘を称える投稿がほとんどだという。

劉が「最後は彼ら(水谷・伊藤ペア)がすごくいいプレーをした」と語ったように、中国人のSNSでも、日本選手の実力を素直に認め、大接戦で見ごたえのある試合だったことを喜んでいる人たちもいた。

同上

 卓球王国・中国としての高いプライドとは裏腹に、試合自体を肯定的に評価する反応が見られる。

 一方で、日本代表選手への誹謗中傷はより酷いものだった。逆に日本代表の水谷隼選手に対する誹謗中傷が相次いだのである。

 東京五輪で快進撃が続く日本勢だが、選手のインターネット交流サイト(SNS)アカウントには、応援や賛辞以外に、一方的に誹謗(ひぼう)中傷する内容も国内外から書き込まれている。過去には中傷が深刻な事態を招いたケースもあり、対策は急務だ。

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 卓球混合ダブルス決勝で中国を破り、金メダルに輝いた水谷隼選手(32)は28日に自身のツイッターを更新し、「とある国」から「くたばれ」「消えろ」などと書かれたダイレクトメッセージが相次いでいると告白。「俺の心には1ミリもダメージない」「それだけ世界中を熱くさせたのかと思うと嬉しいよ」と投稿した。ファンから心配の声が寄せられ、その後ツイートは削除された。

選手へのSNS中傷相次ぐ 卓球水谷、体操橋本も被害―対策急務・東京五輪:時事ドットコム

 水谷選手のツイートについてはこの後言及するとして、信じ難い誹謗中傷の数々は到底容認できる内容ではない。TwitterやInstagramなどのSNSを見ると、投稿による日本や水谷選手を含む代表選手への誹謗中傷は無数に確認できる。極めて許しがたい、卑劣な行為だ。

 そもそもSNS上での誹謗中傷というのは、近年までさほど問題視はされていなかった。しかし日本においては昨年5月に女子プロレスラーの木村花さんが数え切れないSNS上での匿名の誹謗中傷を苦に自ら命を断ってしまうという悲しい事件が起きたことを契機として、ようやく問題視されるようになった。

 にもかかわらず、7月29日時点で大会組織委員会はこうした誹謗中傷について声明を出す予定はないという。

組織委、声明出す予定なし 選手SNSへの中傷で〔五輪〕:時事ドットコム

 五輪憲章を掲げる組織として、こうした由々しき事態については毅然とした対応を期待したい。

一部で問題視された「とある国」ツイート

 前述の輝かしい勝利の翌日…つまり7月28日、水谷選手は自らのTwitterアカウントで以下のようなツイートをした。

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「とある国から、『○ね、くたばれ、消えろ』とかめっちゃDMくるんだけど免疫ありすぎる俺の心には1ミリもダメージない それだけ世界中を熱くさせたのかと思うと嬉しいよ」

 誹謗中傷の被害を受けている事実関係の説明である。これについて賛否両論が巻き起こっているのだ。詳細については弊所から既に記事が出ているので確認されたい。

金メダリスト水谷選手を「セカンド中傷」するアカウントの「二重基準」を暴く

 簡単に言えば、ツイート内の「とある国から、」という部分を問題視するものである。これを「差別の助長である」として、極めて強い口調で水谷選手を批判している人も少なくない。なお当該ツイートは29日昼までに削除されている。

画像
水谷隼選手 (公式Twitterより)

 上記記事にあるように、水谷選手はあくまで誹謗中傷の被害者であるにも関わらず、そうした事実を棚に上げて批判することは筋違いである。だが一方で、このツイートを根拠に公然とレイシズムを振りかざすネットユーザーが絶えないことも残念ながら事実なのだ。

https://twitter.com/kyokosakaino/status/1420399579871137793?s=20

 この「とある国」の具体国名に関する憶測について、特段議論は不要だろう。そもそも決勝戦の相手は中国であるし、ネットユーザーの反応が多く取り上げられているのも中国だ。加えて、水谷選手と「中国卓球」には筆舌に尽くしがたい因縁がある。

卓球卓球・水谷隼 金メダルの陰で戦い続けた「中国卓球の不正ラバー問題」(ニッポン放送) – Yahoo!ニュース

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 ツイートで特定国名を出すことは不適切だと考えたため「とある国」としたと考えられるが、そうした配慮も意に介さない多くの人々が、これを差別感情の表出に利用したのである。

 無論、水谷選手のツイートが即「差別感情の扇動」であるわけではない。あくまで被害の事実を述べたにすぎず、実際「とある国」の国籍を持つ人々からの中傷が多数であるという推測ももちろん成り立つ。

 問題は、それを「本当に言うべきだったか」ということである。

「とある国から」という言葉の危うさ

 そもそも、「とある国から」という言葉には大きな落とし穴がある。前述のように、日本代表選手や、その戦いを好意的に見ていたネットユーザーは国内外に存在する。確かに信じがたい誹謗中傷を行う人々はいるが、そうした人々の属性について「とある国から」という6文字にまとめ上げてしまうことは大変な危険を孕んでいるのではないか。

 加えて、「日本人の方は全て応援メッセージです」という言葉を付記したことで、差別的な文脈を創作する人からは「とある国」との対立を煽っているようにも見えてしまう。

 「とある国」の人々全員がそうした感情を持っているとは限らないのは言うまでもないが、端から特定国に憎悪感情を持つネットユーザーからすれば、そうした国の人々を叩く格好の材料になりかねない。「一部の」や「全員ではない」といった枕詞があるならまだしも、十把一絡げにも取れる形で特定国のネットユーザーを揶揄してしまったことに若干の問題はあったと考える。

 以上の事柄を踏まえると、水谷選手のツイートは「不適切」ではないとしても「全く問題がなかった」わけではないと言える。「とある国から」という表現には、二次的な差別・誹謗中傷の危険を十分に持つし、「事実を言ったに過ぎないのだから問題ない」というのは冷静な議論からかけ離れているのではないだろうか。

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 誹謗中傷も特定国への差別表現もどちらもあってはならないことである。

 数え切れない誹謗中傷を目にしてしまった時、冷静な判断よりも先行して感情的な文面になってしまうことは往々にしてある。SNSという場の危険な部分だ。その点、水谷選手のツイート自体に過度に反応して「メダルを返上するべき」「謝罪するべき」といった主張は行き過ぎだろう。

「酷い発言」をしているのは水谷選手ではなく、水谷選手を口撃する人々だ

 しかしだからと言って、一つ一つの言葉や感情の裏付けを無視して良いわけではない。自戒を込めてではあるが、言葉の裏には必ず誰かの感情を逆なでしかねないという自覚を持って、SNSを有効に活用するべきだと考える。

参考記事

水谷隼、誹謗中傷被害明かしたツイートを削除 「とある国から…」一部表現めぐり賛否: J-CAST ニュース

水谷・伊藤ペア  悲願の卓球初の金メダル!| 混合ダブルス決勝 | 東京オリンピック | 東京2020オリンピック | NHK

選手へのSNS中傷相次ぐ 卓球水谷、体操橋本も被害―対策急務・東京五輪:時事ドットコム

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