国民が自粛しないのは当たり前!? ゲーム理論で考える緊急事態宣言

7月12日から始まった今回の緊急事態宣言だが、感染拡大はなかなか収まらず効果がなかなか現れていない。

感染拡大の要因は「変異株の強い感染力×人流」でほぼ説明できる。そのため、単純に考えると多くの人々の行動が変われば感染状況は好転すると予想することができる。ではなぜ緊急事態宣言など政府は自粛を再三にわたって求めているにもかかわらず人々は自粛することが難しいのだろうか。今回は簡単な「ゲーム理論」を用いて説明を試みる。

ナッシュ均衡と囚人のジレンマ

ところで突然だが、皆さんは「ナッシュ均衡」という言葉をご存じだろうか。ここで日本大百科全書の解説を引用する。

利害の異なる複数の個人あるいは集団が、互いに拘束的な約束を取り交わすことがないような非協力ゲーム状況において、それぞれが自己利益をもっとも大きくすることだけを目的として戦略を選択した場合に生じる均衡状態。

日本大百科全書(ニッポニカ)「ナッシュ均衡」の解説 より

このナッシュ均衡が成り立つものとして特に有名なのが「囚人のジレンマ」だ。

ある2人を共犯の囚人とした場合、もし相手を裏切って自分だけが自白をすれば刑が軽くなるが、2人とも自白した場合はもっとも刑が重くなるというモデルである。囚人のジレンマゲームでは、どちらのプレイヤーも、自己の利益(刑が軽くなること)だけを考えた非協力的戦略では「自白」を選択することになり、両者が自白することがナッシュ均衡となるが、実は刑が重くなるため、両者の利得は小さくなる。しかし、両者とも「黙秘」を選択すれば、両者の利得は大きくなるので最適となる。

日本大百科全書(ニッポニカ)「ナッシュ均衡」の解説 より

わかりやすくするために具体例を挙げよう。例えば双方が黙秘すればお互い刑は3年、どちらか一方が自白すれば自白したほうは刑が1年で自白しなかった方は刑が10年、双方が自白すればお互い刑は5年になるという場合で考えてみる。そして、非協力ゲームであるという条件を満たすために、取り調べは別室でお互いの声が聞こえない状況下とする。

この場合、囚人はどのような選択肢をとるだろうか。

ここで、Aの視点から考えてみる。Bが仮に黙秘を選んだ場合、Aは黙秘を選ぶと刑は3年になる一方、自白を選べば刑は1年ですむ。また、Bが自白を選んだ場合、Aは黙秘を選ぶと刑は10年になってしまうが、Aも自白を選べば刑は5年ですむ。そのため、Bが黙秘を選択したとしても自白を選択したとしても、Aにとっては自白を選ぶのが最善手ということになる。AとBで条件は一致しているので、BもAと同様に自白を選ぶことになるだろう。これがまさにナッシュ均衡である状態だ。

しかしここで立ち止まってよく考えてほしい。AもBも黙秘していれば互いに刑は3年ですんだはずなのに、相手がどちらの選択肢をとるかが読めなかった囚人たちは互いに自白することが合理的な選択となっているのだ。お互いが合理的な行動をとったことでお互いにとって望ましくない状況が発生することはまさに「ジレンマ」と言えるだろう。ちなみにこれは司法取引制度や課微金減免制度など現実の世界でも活用されている。

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コロナの感染拡大も囚人のジレンマと同じ

ここまで読んで、「これのどこが自粛と関係あるんだ!」と思うだろう。さてここで、囚人を国民に置き換えてほしい。もちろん、国民全員が罪を犯したと言っているわけではないが(笑)

ここで、話を簡単にするためにコロナ禍で国民はXとYの2人しかおらず、選択肢は自粛するかしないかの2パターンとする。国民が2人しかいなければ感染のプロセスはどうなっているんだと感じるかもしれないがひとまずそれは無視してほしい。

「自粛」というのは痛みを伴う。経済的に苦しくなったり、精神的に病むことだって増えるかもしれない。(この記事では自粛ダメージという言葉で統一することにする)それ故に、人々は自分一人だけが自粛したとしても感染拡大は止まらないと考え、自粛をためらうだろう。しかし、国民全員が一斉に自粛すればコロナの感染拡大は止まり、コロナ以前の活動を取り戻せるかもしれない。

この場合、双方が自粛をすれば一時的に自粛ダメージを受けるが人流が減るのでコロナ禍は早く収束する。(双方に3のダメージ)一方だけが自粛をすれば自粛した方は自粛ダメージを受け、自粛しなかった方は自粛した人の分だけ人流が減るので2人とも自粛しなかったときよりも低いリスクで活動を行うことができる。(自粛した方は10のダメージ、自粛しなかった方は1のダメージ)また双方が自粛をしなければ自粛ダメージは受けないが、コロナ禍はなかなか収束しない。(双方に5のダメージ)

ちなみにダメージ量はテキトーに設定したが、ここではダメージの大小がわかればそれでよい。

先ほどの図の「黙秘」を「自粛する」に、「自白」を「自粛しない」に置き換えてみよう。すると、このような図が導き出せるだろう。

さて、先ほどの囚人のジレンマと同様にXの視点から考えてみる。Bが仮に自粛するを選んだ場合、Aは自粛するを選ぶとダメージは3になる一方、自粛しないを選べばダメージは1ですむ。また、Bが自粛しないを選んだ場合、Aは自粛するを選ぶとダメージは10になってしまうが、Aも自粛しないを選べばダメージは5ですむ。そのため、Bが自粛するを選択したとしても自粛しないを選択したとしても、Aにとっては自粛しないを選ぶのが最善手ということになる。AとBで条件は一致しているので、BもAと同様に自白を選ぶことになるだろう。やはりこれがナッシュ均衡である状態だ。

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しかしここで立ち止まってよく考えてほしい。AもBも自粛していれば互いにダメージは3ですんだはずなのに、相手がどちらの選択肢をとるかが読めなかった国民(2人)は互いに自粛しないことが合理的な選択となっているのだ。

これが今のコロナ禍における現状だ。お互いが合理的な行動をとったことでお互いにとって望ましくない状況が発生することはまさに「ジレンマ」…そう、まさに今感染拡大がなかなか収束しないのは一種のジレンマに陥っている、というわけなのだ。

マインド醸成は政府の役割だ

第5波以前、日本は感染拡大の波に4度のみこまれ緊急事態宣言も3度発令された。そうした中で国民の中では「自粛疲れ」もピークに達しつつある。これまで我慢して我慢して自粛し続けた人でも長きにわたるコロナとの戦いで限界を迎え、「自粛しない」を選択し始める人も出てきた。緊急事態宣言が発令されてももはや国民は聞く耳を持たなくなり始めている。

先ほど紹介した自粛のナッシュ均衡を抜け出すのは難しい。多くの国民の間で「自粛しても意味がない」というマインドが蔓延しているからだ。こうした現状を打破するためには、多くの国民の間で「多くの人が自粛すればコロナ禍は早く収束するぞ」というマインドを醸成しなければならない。そしてこれを行うのは政府の役割だ。

しかしながら、誠に残念ながら、政府からはコロナ禍を脱出するための具体的なロードマップや将来のビジョンが国民には伝わってこない。現に菅政権の支持率は低迷。先日には菅首相のお膝元といわれる横浜市の市長選挙でも菅政権が支援した小此木八郎氏は大敗。立民が推薦した山中氏が圧勝する結果となるなど、国民の間で「菅離れ」は加速していると評価せざるを得ない。

(関連記事)

もちろん、菅政権が難しい舵取りを迫られていることは重々承知している。今誰が首相であったとしても政権運営することは容易ではない。コロナ禍で(国民に伝わっていない部分もあるが)菅政権は大規模な支援策も行っている。そういう面では実務の面で仕事をしていないというわけではない。

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しかし、今大切なのは「国民との対話」だ。菅首相はここ最近原稿を棒読みしたり、読み間違えるなどと細かいミスが目立つ。「それは揚げ足取りだ!」という意見もわかるが、実務とは関係のないところでのミスではあるが、残念なことに国民とのマインドの共有が進んでいない。今大切なのは多くの国民の間でマインドを共有し、コロナ禍を抜け出すことである。まもなく自民党の総裁選が行われるが、国民の先頭に立ち日本を引っ張っていけると多くの国民が感じられるような強いリーダーシップを発揮できる方に頑張っていただきたいと思う。

 

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よもぎおとな研究所 副編集長

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おとな研究所副編集長、ブロガー
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時事・教育・経済など幅広い分野に関心あり

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