「若者よ、選挙に行け!」若者に対するマスコミと政治界隈の”ご高説”に対する違和感

選挙が近づくと必ずと言っていいほど話題になるのが、若者の投票率の低さだ。

現に衆院選の年代別投票率を見てみると、若者の投票率の低下が大きいことがわかる。

衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移-総務省 より

投票率が下がることはよくないー健全な民主主義のためには投票率を上げなければならないーこうした意見が選挙前には溢れ、若者に対する”啓蒙活動”が一大ムーブメントとなるのが近年のマスコミやネットの政治界隈の傾向だ。しかしながら、私はこのような動きに対しては違和感を感じてしまう。

当然のことだが、私も若者の投票率は上がった方が望ましいと思っている。若者は数十年先のことも自分に降りかかってくるので、気候変動など長期的な目線で物事を考えられる‥若者の投票率が下がると政治家は若者の意見よりも票田となる高齢者を優遇するようになってしまう‥少子高齢化社会で未来を担う若者の意見が政治に取り入れられないのはおかしい‥‥これはすべてその通りである。だがしかし、若者の投票率が上がるべきということと上げるべきということは異なる。

私が言いたいのは、若者の投票率は上がった方がもちろん望ましいが、若者を小馬鹿にし上から目線で呼びかけるような論調は違うだろう、そういうことである。

若者は突出して政治に関心が無いわけではない

若者は選挙に行かないと言われているが、政治に対する関心は無いわけではない。

日本では18歳以上の国民に投票権が与えられているが、18歳というとほとんどの人が大学や仕事を始める年齢に当たるだろう。当然のことながら学費や給料など政治との繋がりがある。必然的に自分の生活と直結するので政治に対する関心もある。

<スポンサー>

これは私の学校の話にはなってしまうが、私も仲の良いクラスメイトからよく政治の話題を持ち掛けられたし、「今度の衆院選どこの政党に入れるべきだと思ってる?」という質問も何度か受けた。またほとんど関わりのない同級生も選挙が近づくにつれて政治に関する雑談が増えているように感じた。私の同級生のほとんどは3年以内に就活が始まる。選挙で景気の動向が変わり自分の就職にも関わってくるのでやはり政治の関心はそこまで低いようには思えなかった。

ところで、ここで私が「若者は突出して政治に関心が無いわけではない」と表現したことを覚えておいてほしい。これは他の世代と比較しても関心自体はあまり大差ないということで、私は100%の若者が政治に関心を持っていると言っていないことに注意してほしい。

選挙に行くかは便益で決まる

では若者は政治に関心があってもなぜ選挙にはあまり行かないのだろうか。

人間は基本的に面倒くさがりだ。選挙に行くコストとそれに見合う便益を潜在的に計算して、便益がコストを上回った時初めて人々は投票に向かう。

つまり、選挙に行かないということは選挙に行くコストが高すぎるか、便益が低すぎるか、あるいはその両方である。

では具体的に何が要素として考えられるのだろうか。まずコストとしては単純に投票に行くのが面倒くさいということがある。投票所に行かなければいけないのに加え、どこに投票するかを決めるためのリサーチも労力と時間を要する。

また、便益としては投票することによって政治が変わったり社会の流れが変わるという期待があるが、現在は自公政権が圧倒的に強く投票に行っても政治が変わらないというある種の「諦め」が感じられる。この状態を解消するには強い野党を作るか、自公政権をぶっ壊すかして国会に緊張感をもたらすことが必要になってくる。

<スポンサー>

(なおこの便益の話についてもっと詳しく知りたい方は、政治学の「合理的選択理論」を調べてみると良い)

大切なのは”量”より”質”

では、政治に関心があっても選挙に行く人が少ない状況下で、投票率だけを挙げようとするとどうなるのだろうか。

投票の量と質に関連して「選挙の投票を義務付けるか」というトピックが時々話題になるが、私はこれに反対である。なぜなら、その投票の”質”が下がってしまうからである。

そもそも今選挙に行かない人は政治に対する関心が低い人の方が多いだろうと考えられる(若者の政治に対する関心とはまた別の話)ので、投票が義務付けられてもそれは「やっつけ」で投票するようになってしまうと考えられる。その結果、全体としての投票の質は低下してしまうことが懸念される。

これを概念的に示すと以下のような形になる。

現在の投票数では政治に関心を持っている人の意見を反映できていないので、彼らを無理やり選挙に行かせれば理想の投票数に近づく。しかし、理想の投票数を超えると政治に関心の持たない人が投票するようになってしまうので投票の質が下がってしまう。ここで投票を義務化すると投票率は上がるものの、投票の質が大きく下がってしまうことが概念的にも理解できるだろう。

最初に私が述べたように投票率が上がるべきということと上げるべきということは本質的に異なるというのはこういうことだ。投票率が上がった方が望ましいが、それは人々がよく考えたうえで投票する人が増えた結果なのか投票を半ば強制された結果なのかで投票の質が変わってしまうのだ。

<スポンサー>

若者の投票率の低い責任は政治家側にもあるのでは

極端な話、「選挙後に戦争を行うべきか」などという国家的に大きなアジェンダが選挙の争点となれば、よほどのことが無い限りほとんどの国民は投票に向かうだろう。具体例を挙げると、2020年のアメリカ大統領選挙ではアメリカの世論が親トランプ・反トランプで二分されたが、その結果ここ100年で最高の投票率となった。

逆説的に考えると今日本は若者に限らず投票率が低いと言われているが、それは良くも悪くも政治的に安定していて変化を望まない国民が多い、と考えることもできるのではないか。

そう考えると若者の投票率が低い原因は政治家が国民を惹きつける政策を提示できないからという帰結となる。どこかの政党が魅力的な、あるいは国民的な議論を焚きつけるような政策を提示すれば必然的に投票率は上がるはずなのである。

ご高説

話が少し逸れてしまったが、このような現状でマスコミや政治界隈が「若者よ、投票に行け!」といくら喚いても思うように効果が上がらないことは理解していただけたのではないかと思う。

「特に大きな議論もないけど、とりあえず選挙にだけは行け!」と言われても無理な話である。先ほど述べたように人々は選挙に向かうことによる便益がコストを上回った時に初めて選挙に向かうが、特に大きな議論もなければ投票に向かうインセンティブが無いからである。

無論、投票に行こうというムーブメントが強すぎて投票に行かなければならないという空気が蔓延すると投票率は上がるかもしれないが、それは前述したように「投票の質が下がる」ことに直結してしまうのであまりよろしくない。若者は政治に対する関心は必ずしも無いわけではないが、やはり政治に関心のある層は若者の間でも限られる。

またこれは私の主観的な意見かもしれないが、マスコミや政治界隈の若者に対する投票の呼びかけは「自分は政治に関心を持ってる意識高いやつ」と自己陶酔に陥っているのではないかと思ってしまう。「若者」という投票率の低い層を一括りに批判、狙い撃ちをして自身の優位性を確立しようということである。こういう「上から目線」のムーブメントは政治に関心のある若者に対しても失礼だし、この動きが強まればむしろ政治に対する嫌悪感が強まってしまうのではないか、そう思ってしまう。

<スポンサー>
 

フォロー・いいね・チャンネル登録での
ご支援よろしくお願いします!

おとな研の”今”を知ろう!

 

よもぎおとな研究所 副編集長

投稿者プロフィール

ライターページ
おとな研究所副編集長、ブロガー
Twitterフォロワー数8000人超
時事・教育・経済など幅広い分野に関心あり

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

あなたへのおすすめ



ピックアップ記事

  1. 2021-11-28

    立憲民主党御用ライター平河エリ氏のデマと誹謗中傷の数々に、「立憲のDappi」との声

    立憲民主党御用ライターとして名高い平河エリ氏  もうすぐ師走が近づくと言うのに、年忘れの「デ…
  2. 2021-11-22

    徹底分析・衆院選結果!「野党共闘」大敗は、国民が対立よりも問題解決を優先したことのあらわれである

     衆院選からもう3週間が経った。衆院選の結果は、下記の表の通りである。一見すると、大きく勢力が入れ…

スポンサー







Twitter・FaceBook

公式チャンネル

有料コンテンツサイト

スポンサー




スマホでもおとな研

スポンサー




ページ上部へ戻る