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「18歳以下10万円給付」はなぜ迷走しているのか -2つの致命的な理由

「10万円給付」のいま

 衆院選の結果で本来望まれるべきなのは、議席を獲得した各党による健全な政策論争だと。コロナ禍で大きく変貌してしまった日本社会、広がる格差にどのように対応していくかは、まさに今の政界の至上命題である。

 にもかかわらず、現実に行われているのは政策論争ではなく、政局をバーターとした「ばらまき」を行うか否かだろう。置いて行かれているのは国民なのだ。

 先の衆院選で、与党公明党は18歳以下の子どもに一律10万円を給付する「未来応援給付」の実現を掲げた。同党は選挙公示前から前回の「一律現金給付」を実績として掲げ、新たな制度設計の下での再度の給付を繰り返し主張していた。「未来応援給付」はその具体化だが、ここにきてその迷走が進んでいる。

岸田文雄首相(自民党総裁)と公明党の山口那津男代表は10日、官邸で会談し、新型コロナウイルス経済対策を巡り、18歳以下の子供への10万円相当給付に当たって年収960万円の所得制限を導入する方針で合意した。山口代表は「児童手当の仕組みを活用する」と明言しており、960万円の制限は世帯全体ではなく「世帯主」の収入になる見込み。

「1900万円」でも支給「970万円」なのに…給付金に所得制限 関係者「さらにツッコミどころが」|スポニチ

 「一律給付」から一転所得制限となった理由は、自民党・財務省や多くの国民による「ばらまき」批判を受けてのものだった。960万円の所得制限は児童手当の仕組みに準ずるもので、夫と専業主婦に子供2人というモデルのもの。子供が1人なら917万8000円、3人なら1002万円までが対象となる。この制限を設けても給付対象は9割で、困窮世帯への重点的な給付という意味合いは強くない。

 またこの給付は、半額の5万円が現金給付、もう半額はクーポンによる手当となるが、これも当初の公明党の公約には書かれていない。子育て目的に使途を限定することができるものの、給付に時間がかかるというデメリットがある。

 筆者はこの政策が迷走している理由を、「政策目的の変質」と「国民の分断」の2つだと考える。

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「未来応援」なのか「生活支援」なのか

 この政策に関する、選挙前の公明党によるプレスリリースを見てみよう。

日本再生に向けた柱の一つとして、衆院選重点政策で「子育て・教育を国家戦略に」と提案している。誰もが安心して子育てができ、十分な教育を受けられる社会づくりに国を挙げて取り組むことが、日本の未来にとって重要である。

具体策の第一に掲げているのが、0歳から高校3年生まで1人一律10万円相当を支援する「未来応援給付」だ。

コロナ禍の長期化による臨時休校や学校行事の中止などで、子どもや保護者の精神的、経済的な負担が重くなっている。子どもたちを社会全体で応援し、未来に対して希望を持てるようにしたい。

【主張】子育て・教育支援 「未来応援給付」など実現を  |  ニュース | 公明党

 「0歳から高校3年生までに支援」という言葉の根拠に、「コロナ禍の長期化による臨時休校や学校行事の中止などで、子どもや保護者の精神的、経済的な負担が重くなっている」ことを挙げている。「経済的」負担と同時に「精神的」負担を挙げているのだ。10万円という金額の重みは、世帯収入によっても異なる。

 生活支援なのであれば、所得制限を設けるという選択はある意味自明だろう。だが公明党が「一律」にこだわったのは、あくまでこれが「教育政策」であり、コロナ禍の精神的負担は世帯所得にかかわらず「一律」であるという思想に基づいていると考えられる。「小さな声を聞く力」を打ち出している公明党。社会から置いて行かれた形となっている将来世代の声を、ある意味的確に反映したものではないだろうか。

 財源論についても反論があった。昨年度予算の決算剰余金約4.5兆円や、昨年度予算繰越金を充てるため、公債発行による負担先送りには当たらないと主張していたのである。これは財務省対策だろう。

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 一方で、自民党は選挙戦で現金給付を公約に盛り込まなかった。

衆院解散、総選挙へ— 各党の公約と政策を分析(①与党編 自民党・公明党)|おとな研究所

 表のように、自民党が志向したのは「経済支援」。前回の現金給付に対するバラマキ批判を反省しているのか、「必要な人に必要な給付」という思想が強いと思われる。

 この足並みの乱れは、すぐに明らかとなった。

自民党の高市早苗政調会長は8日、公明党が18歳以下の子どもへの一律10万円給付を主張していることについて、記者団に「自民党の(衆院選)公約とは全く内容が違う」と述べた。所得制限などのない公明党案をそのまま受け入れるのは難しいとの認識を示した。

高市氏は「自民党の政権公約は、子育て世帯だけではなく学生さん、女性の方、非正規雇用の方、コロナ禍でお困りの方を支援するという内容になっている」と指摘。公明が主張する「一律」の給付に対し、「私たちはお困りの方に経済的支援をするという書きぶりで政権公約を作った。そうでない方に対して支援をするということは書いていない」と述べた。

高市氏 公明の一律10万円給付案「自民公約と全く違う」|朝日新聞デジタル

 まさに、というところだろう。この政策志向の違いは致命的だった。そしてその後の経過は、明らかに「自民党路線」に軌道修正されている。

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 まずは、吉村洋文大阪府知事、松井一郎大阪市長ら選挙で躍進した維新サイドからの批判が相次ぐ。

吉村知事は「所得制限なしに18歳以下だから全員に配るというのは、何を目的としているのか分からない。(子ども3人の)僕だって30万円もらえる」と発言し、所得制限をつけるべきだと指摘。さらに「18歳以下全員に配るより、例えば経済的に厳しいひとり親家庭などに優先的に配るべき」「この政策は収入が非常に厳しくなった人のために行うということを明確にするべき」などと提言した。

吉村知事「僕だって30万円もらえる」18歳以下一律10万円給付案への疑問のツイートに意見相次ぐ|中日スポーツ

コロナ禍の支援策として、自民、公明両党が協議している18歳以下の子どもへの一律10万円給付について、日本維新の会代表の松井一郎・大阪市長は9日、「根本から違う。コロナで苦しいのは子どもがいる家庭も、いない家庭も同じだ」と批判した。記者団に語った。

「コロナで苦しいのは子どもいない家庭も同じ」 松井・大阪市長|朝日新聞デジタル

 時系列は前後するが、立憲民主党も「生活困窮者」への10万円支援を対案として提出した。

立憲民主党は、新型コロナウイルスの影響で生活に困窮している人に対象を絞り、1人あたり10万円を給付する法案を国会に提出した。

立憲“生活困窮者に10万円”案を提出 与党の“子ども10万円支給”に対し|FNNプライムオンライン

 結果前述のように、児童手当に準じた基準となる。「所得制限」の持つ意味についても既に触れたとおりだ。一律給付とした公明党の政策は、「生活支援」政策としては評価できるものではないだろう。財源や制度そのものの実現可能性以前に、その目的が十分に共有されずに終わった気がしてならない。

 そして新たに浮上したのが、この「960万円」という基準が「世帯収入」なのか「個人収入」なのかという論点だ。

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 記者団の質問に対して、岸田首相は「世帯主の収入」とした。すなわち共働き家庭においては、たとえば夫婦で800万円ずつの年収計1600万円の世帯でも給付の対象になるということである。これにも高市氏は反発している。

自民党と公明党が合意した18歳以下の子どもを対象にした10万円相当の給付について、自民党の高市早苗政調会長は12日のインターネット番組で、「共働き家庭でそれぞれが960万円ぐらい稼いでいたらすごい金額になる。個人の収入だと非常に不公平が起きてしまう」と語った。

高市氏、10万円給付「非常に不公平が起きてしまう」|朝日新聞デジタル

 高市氏は自民党の政策調査会長である。現時点でも与党間どころか、自民党内でのすり合わせも不十分なのではないかと言わざるを得ないだろう。この遠因も、「政策目的の変質」にあると考える。

 制度の上で児童手当の仕組みを活用することは、即効性・スピード感を持った政策実施の意味において妙案だ。しかし、それによって生まれる制度のひずみは想定してしかるべきだし、ましてや目的を「生活支援」に移すのであれば尚更である。

「子持ち」も「所得制限」も、国民の分断に変わりはない

 政策目的が変質したことによって、国民の分断はすぐに起こる。まさか18歳以下に直接渡される「お小遣い」に不公平感を感じる大人はいないだろうが、世帯への生活支援ともなればわけが違う。

 一つ具体的に挙げるとすれば、「非正規・子なし世帯」と「正規・子持ち世帯」との格差だろうか。前者への現金給付はないが、後者には給付されるのである。最もわかりやすいところだろう。

 さらに「18歳」を上限としたことで外される19歳以上の大学生、特に困窮学生に対する支援がないとの批判もあったが、これは解消された。

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18歳以下の子供への10万円相当の給付に加え、経済状況が厳しい学生らにも10万円の「就学継続資金」を給付する。

困窮学生に「就学継続資金」10万円 政府、給付金概要固める|毎日新聞

 さらに、この対象は2020年から実施が開始されている「修学支援制度」の対象者とする方針も決まっている。

政府は、コロナ禍で困窮する大学生らに支給する10万円の緊急給付金について、昨年度に始まった低所得者向けの修学支援制度の利用者らを対象にする方針を固めた。対象者は20万人超になるとみられる。

困窮学生への10万円給付、対象は修学支援制度の利用者ら 政府方針|毎日新聞

 一方で、既に修学支援を受けながら新たに現金が給付されることへの批判も起きている。

 そもそもこうした事態は、「現金給付」の対象を中途半端に拡大しながら、全体への一律という手段も取らなかったことの帰着だ。困窮の「度合い」による線引きは様々な基準において可能であり、今回はその基準を「子持ち」「960万」「困窮学生」とした、というだけのことでもある。繰り返すが分断の色彩が濃くなったのは、政策目的を「生活支援」としたからである。

現金給付自体が「焼け石に水」の政策である

 先の衆院選では、与野党問わず多くの政党が「現金給付」を掲げた。そもそもこの給付策自体が焼け石に水なのではないかと筆者は感じる。

 もちろん、生活困窮者に支援を拡充することは必要だ。だがそれは、1回限りの給付で間に合うものなのだろうか。より長期的に考えれば、現行の社会保障制度そのものを見直す手立てが必要なのではないか。この流動的な時代において、職を失ったり収入が減ることは、決して前兆と準備があるとは限らない。

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 今政治家に求められているのは、目先の1度きりの現金給付で国民を分断することではない。新時代の主役たる世代に成長の種を撒くことであり、また本当に困難な人を支援することで成長の基盤を築くことである。

この一件で、それに気づいてくれればいいのだが。

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