アジア人差別を考える -私たちの当事者性- 第2回

第1回に引き続き、「アジア人差別」について解説していく。今回は「モデルマイノリティ」「名誉白人」という概念を用い、アジア人差別の問題点や日本人の立場について考える。

アジア人への差別はなぜ可視化されにくいのか – 「モデルマイノリティ」

「モデルマイノリティ」という言葉をご存知だろうか。端的に言えば、「属性としてマイノリティでありながら、社会的に平均よりも成功している集団」を指す言葉である。モデルマイノリティという言葉が最初に使われたのは1966年のことで、前回の記事で述べたような、第二次世界大戦中の抑留を経て成功を収めた日本人コミュニティについて社会学者が紹介する記事の中で使われた。この言葉にはどのような問題点があるのか。

問題点1:他の集団の抑圧につながる

まず挙げられるのが、東アジア人コミュニティを「モデルマイノリティ」と位置付けることによって、そのほかのマイノリティを抑圧することにつながるという問題だ。アメリカに存在する最も大きなマイノリティであると言えるであろう黒人のグループは「プロブレムマイノリティ」として「モデルマイノリティ」の対極に位置付けられた。「苦しい状況から自ら努力し、社会に不都合を与えない形で地位を獲得した理想的なマイノリティ」という考え方は、そのほかのマイノリティグループを「努力が足りていないので成功できず、デモ運動などで社会を変えようとする厄介なマイノリティ」と認識させることと表裏一体なのである。このような分極化は、東アジア人/黒人コミュニティが「抑圧者」としての白人社会と闘った歴史を透明化し、マイノリティ同士が対決する社会を作り出す結果になった。

問題点2:「ステレオタイプの脅威」を植え付ける

また、「モデルマイノリティ」という認識それ自体は、東アジア人コミュニティにもネガティブな影響を与えている。一般に、アメリカの東アジア人に対するステレオタイプを列挙すると

ネガティブなイメージ

  • カンフー/マフィア
  • 従順で無口
  • 「エキゾチック」な性的対象

ポジティブなイメージ

  • 勤勉
  • 真面目
  • 礼儀正しい

などが挙げられる。ネガティブなステレオタイプは問答無用に悪いものだとして、ポジティブなステレオタイプに問題があるのかと思う人もいるだろう。「東アジア人は従順で勤勉である」というイメージを社会によって背負わされ育てば、学校では必ず良い成績を取り、人に属性から差別されても反抗せずに生きることを期待されている、と感じるようになってしまう。性格や学業の実績は人それぞれであるのに、ステレオタイプを押し付けられ、マイノリティグループ全体のイメージを損ねないように一人一人が行動すべきだというプレッシャーを感じることを、一般に「Stereotype threat – ステレオタイプの脅威」と呼ぶ。

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「モデルマイノリティ」という、一見社会的評価を意味しているような言葉もこの様な問題を孕んでいる。プラス/マイナス、いずれの効果をもつ言葉であっても、ステレオタイピングは集団を一つの箱の中に入れてしまい、個々人を覆い隠すものなのである。

アジア人差別に無関心な日本人 – 「名誉白人」とは

歴史上の語義

「名誉白人」という言葉を聞いたことはあるだろうか。この言葉は厳密には、アパルトヘイト下の南アフリカにおける、日本人などの扱いを意味する。アパルトヘイトが敷かれていた南アフリカにおいて、黄色人種を含む有色人種は総て差別対象となったが、日本は南アフリカの貿易相手国として重要な位置になったことから、日本人は白人と同等の民族と見做されるようになったのである。

ネット上の用いられ方

歴史における語義とは異なり、現在では「名誉白人」はSNS上などで「日本人は中国人や韓国人、海外華僑などと異なって扱われるべきである」という文脈で使われることがある。これはつまり、同じ東アジア人に分類されるはずなのに、他の国の民族に対して日本人が「名誉白人」のような優越性をもっていると信じている人が一定数いるということである。しかしながら、ある程度海外で過ごした経験がある方にはお分かりのように、人種に基づく差別意識を強く抱いている人にとっては、日本人かそうでないかは関係なく、「アジア人」として蔑視すべき存在なのである。

私が日本人でも中国人でも、私を差別するな

最後に自分の経験を共有しようと思う。自分は中学3年生の時、修学旅行でニュージーランドを訪れた。グループでショッピングモールを歩いていると、すれ違った白人男性に「ニーハオ」と投げかけられた。無視して通り過ぎたものの、友達は「中国人じゃないのに」と憤慨していた。今思い返して感じるのは、中国人に間違われたことよりも、見た目で相手の属性を決めつけてアジア人として括る姿勢、そして「アジア人だから」と挨拶を叫んでからかう姿勢こそが問題であったということだ。

「アジア人差別」は存在する

もしも、日本人は白人社会に認められていると信じ、アジア人コミュニティの迫害を他人事として捉えている人がいれば、それは適切な姿勢ではない。「モデルマイノリティ」として上から目線の承認を受けたり、「東アジア人」の一部として命の危険に晒される可能性がある現代で、私たちはまだ声を上げ続けるべきである。

参考として、この記事を書くきっかけになり、全面的に参考にした以下の動画をお勧めしておく。

Can Stereotypes ever be good? – Sheila Maria Orfano and Densho   From TEDEd

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おとな研究所 編集部員
ジェンダー/セクシュアリティや外国人の権利問題に強く関心を持っています。社会問題についての記事が多くなると思いますが、おとな研究所に新しい風を吹かせることができればと思います。

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