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「立憲民主党」と「国民民主党」ー紛らわしい政党の離合集散

「立憲民主党」と「国民民主党」ー紛らわしい政党の離合集散

 9月15日、新立憲民主党と新国民民主党が、それぞれ結党大会を迎える。それぞれの党の支持者は、思うところはあれど、新政党に期待を込めているところであろう。しかし、政治に関心があり、野党の情勢まで詳しく理解している人の方が少数派ではないか。多くの人にとって、「国民民主党」と「立憲民主党」が解党したのに、なんでまた新しく「国民民主党」と「立憲民主党」ができているのか、不思議でならないだろう。この点のみに絞って、今日の記事では解説を行いたい。

その1 「合流新党」の党名が立憲民主党になってしまった

 そもそも、今回の両党の離合集散劇が始まったのは、立憲民主党が国民民主党に合流を呼びかけたからだ。その後、両党の合流交渉を経て、「合流新党」の党名を多数決により決める形で、合流を行うことが決まった。ところが、大方の予想通り合流新党の党名は「立憲民主党」となり、旧立憲民主党の党名をそのまま引き継ぐこととなってしまった。また、代表も旧立憲民主党の枝野幸男さんが当選したため、旧立憲民主党と「合流新党」(新立憲民主党)の違いが何なのか、とても分かりにくくなっている。

その2 国民民主党が分党し、「新国民民主党」が残る

 合流協議の過程で、条件に納得のいかない国民民主党議員が一定数出てしまった。これを受け、旧国民民主党玉木雄一郎代表は、党を分割する方針を示し、最終的に了承された。これにより、国民民主党議員は、新立憲民主党に合流するメンバーと、旧国民民主党の綱領、政策を引き継ぐ新国民民主党を立ち上げるメンバーとに、分かれることとなった。

 更に細かく説明すると、以下のような手法を取る。まず11日に解党された旧国民民主党は、既に新「国民民主党」と「民主党」に分割された。そして、「民主党」は、旧「立憲民主党」とともに、新設合併方式でで合流新党「立憲民主党」を立ち上げる。

 先日、新立憲民主党に合流する津村啓介衆議院議員が、上のようなツイートを行って物議を呼んだ。しかし、このツイートはミスリードであると言える。確かに津村氏の言うとおり解党が行われたのは事実だが、9月9日の両院議員総会で分党を行うための解党が認められている。結果的に分党(政党分割)に基づく新国民民主党設立が可能となったことで、前原氏らの「国民民主党に残る」という方針が事実上実現した形だ。

まとめ

 玉木雄一郎代表の行った分党は、「希望の党方式」と呼ばれるものであり、希望の党が民進党と合流したときに利用した手法と同じである。

 結局、状況を理解したとしても、上記のような離合集散で何が変わったのかが分かりづらい。代表も党名も、大部分の政策も変わらないからだ。新立憲民主党が旧立憲民主党の大部分の理念を継いだことで、「立憲民主党と国民民主党の両党の構成人数が変わっただけ」という趣旨で揶揄するツイートもある。

 しかし、1点だけ変化を期待できる点がある。新国民民主党の人数が減り、リベラル派が少なくなり「純化」してしまったことで、より独自の政策を打ち出せるようになる可能性が高い。共産党との選挙協力に抵抗感が少なく、旧立憲民主党、共産党、市民団体の政策と親和的な議員を中心に、新立憲に行ってしまったため、玉木雄一郎代表らの提案型路線に反対する者はもはやいない。新国民民主党には、コロナ対策・コロナ不況対策案として、強力な施策を打ち出すことを期待したい。

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