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【緊急】東大准教授庄司匡宏さんの学歴差別を助長する記事に反論する

【緊急】東大准教授庄司匡宏さんの学歴差別を助長する記事に反論する

 令和2(2020)年5月31日朝、東洋経済オンラインに「大卒と高卒『コロナへの警戒姿勢』の決定的な差」と題する記事が投稿されていた。
リンク(引用元):https://toyokeizai.net/articles/-/353591?page=4
 この記事によると、学歴によりコロナへの警戒姿勢に違いがあると言う。すなわち、「大卒者は、感染者数の増加とともに、会話人数や公共交通機関の利用を著しく減少させていた。これに対し、高卒者の行動は感染者数が増加してもほとんど変わらなかった。」とまとめている。考えられる理由としては、「高卒者は感染リスクに対する情報量や予想感染リスクが低く、これがソーシャル・ディスタンス行動の障害となっているという解釈」が、「検証した8つの可能性の中で最もわれわれのデータと整合的だった」ようだ。しかし、この記事は高卒に対する学歴差別を助長するものであり、抗議したい。

記事の問題点

 まず、「大卒と高卒『コロナへの警戒姿勢』の決定的な差」というタイトル自体に問題がある。記事の趣旨としては、多様な観点から国民のコロナの警戒姿勢を分析したものであって、学歴を因子とした分析は3ページ目以降に過ぎないし、あくまで学歴による差は傾向にすぎない。それにもかかわらず、大卒と高卒の「コロナへの警戒姿勢」の差を強調して、読者の目を引こうとしているのだろう。しかし、このタイトルだけを見た人を、「高卒の人より大卒の人の方が、コロナで警戒するくらい能力がある」とミスリードしかねない。当然高卒の人からの反発も予想されるだろう。よって、このようなタイトル設定を行ったこと自体、高卒の人々に対する偏見を助長するものであって許し難い。
 次の問題点として、そもそも教育水準が「コロナへの警戒意識」と因果関係があったのか、説明が不十分だという点がある。もし、教育水準が「コロナへの警戒意識」をもたらすという因果関係がないにもかかわらず、単に相関関係があるという理由だけで記事にしているのであれば、それこそ学歴差別を助長することになりかねない。単に相関性があるだけであれば、他の要因によりたまたまそうなった可能性がある。例えば、庄司氏は教育水準だけでなく所得水準もコロナへの警戒意識と相関関係があることを認めている。もし、教育水準よりも所得水準のほうが警戒意識より相関性が強いのであれば、所得水準の方こそがコロナへの警戒意識に寄与したことを疑うべきである。しかし、引用元の記事では、教育水準と所得水準のどちらがより強く寄与したかという点を説明不足がぬぐえない。また、因果関係が逆であることも十分検討すべきであるのに、学歴→コロナへの警戒意識という因果関係を前提としている点は、もはや社会科学の研究者として、見識を疑うレベルである。
 全体として、十分な分析・説明をせずに、「学歴による差」という結論ありきの記事ではないかという印象が強かった。「学歴」は以下に示す通りセンシティブな話題であり、生まれた環境により望んだ学歴を手に入れられない場合も多い。そうであれば、このような話題を扱うにあたっては、十分に分析・説明を尽くすべきであるし、庄司氏のような中途半端な分析で結論付けてよい話ではない。十分な根拠なき分析であれば、それ自体学歴差別となりうるし、差別を助長することになる。以上より、学歴差別を助長しかねないこの記事に抗議するとともに、庄司氏には説明を求めたい。

令和の時代に学歴差別はいらない

 昭和時代、平成時代は画一化の時代であった。引かれたレールを走り続ければ、それなりに満足した人生を描けると信じられた時代だ。しかし、レールから「脱線」した人は多数派のレールに乗った人から、「落伍者」との烙印を押される時代でもあった。いつの間にか、大学進学率も高まり、大学に行かないことが能力の低さを意味することになったのか?少なくとも、庄司氏はそのように考えているのではないかと疑わざるを得ない。
 令和の時代になった今、多様性が認められるべきである。学歴ももっと多様であってよい。従来通り、高校卒業後すぐ、能力の高さを使用者にシグナリングするために大学に通うこともあって良い。しかし、貧しい家庭に生まれ育ったなどの理由で大学に通うことのできなかった者が、しばらく働いて生活費や学費を貯蓄したのちに大学に通うことも珍しいことではなくなりつつある。「18で大学に行くべきであり、大学に行けなかった者は能力的に問題がある」というのは、昭和の論理であり、令和の時代では通用しないと、昭和生まれの庄司氏には強く申し上げたい。もちろん、十分な説明なしに、学歴差別を助長するような結論をつけることは許容されるべきではない。
 庄司氏の経歴を見ると、横浜国立大学に進学後、東大大学院に「学歴ロンダリング」している。あくまで憶測に過ぎないが、本人に並々ならぬ学歴への執着心があるからこそ、高卒の人を蔑むような言論をしたのかもしれない。しかし、庄司氏には大学に通いたくても通えなかった人への想像力が足りない。十分に根拠なくあのような結論付けを行うことで、どれだけの人を傷つけているのかを、よく考えてほしい。 

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