日本は長期的な低成長に見舞われている。1991から2019年の平均経済成長率はたった0.9%に留まり、米国の2.49%、英国の2.02%、ドイツの1.5%となど、競合先進国と比べ大幅に低い水準となっている。本日の記事では、先進国の経済成長の原動力を解説し、何故日本の経済成長かこれ程遅れたのかを説明したいと思う。
※本日の記事は先週の記事「経済成長の鍵は?資本と成長」で説明したモデルが登場するので、是非先に参照して頂きたい。
【マクロ経済学を、わかりやすく解説】経済成長の鍵とは?資本と成長
「追いつき型成長」と「先駆者成長」
前回でも説明した通り、資本量が限界よりも低い位置にある国は、上記のモデルにも書いてある様に資本の増減がゼロとなる均衡点を目指して成長する。しかし、これの大前提が全要素生産性だ。基本的に、資本が成長に寄与するのは間違いないが、資本の効用を高めるのは、生産性である。比較的にGDPが低い国が成長する為に必要な全要素生産性を確保するには産業構造や安定した統治機構、最低限の教育制度が必要となってくる。これらの要件を達した国は先進国の経済水準に追いつくかの様に急激に成長し始める。これが戦後見られた日独の高度経済成長であり、政情が安定した70年代に韓台で観測された「追いつき成長」である。
経済学には「コンバ―ジャンス」と言う概念が存在する。経済水準が低い国と高い国があったとしても、その二か国が同様の経済、社会構造を保有していれば数十年後には経済水準が同一となっていると言う概念だ。これは、初期の資本投資が後期より大幅に経済成長に寄与し、既に資本限界に近い国の成長率が低迷する事から発生する。この考えは日独が米英の水準とは程遠かった1950年代に主張された理論だが、その予測が日独のみならず、数々のケースで的中した為、コンバ―ジャンス論はその地位を固めた。
上のグラフを見て頂くと、EU設立後に規制や経済構造の統一が行われたEUではコンバ―ジャンスの傾向が一層強いことが伺える。既にこの構造では限界に近い諸国の成長は鈍化しており、結果的に国家間格差は縮まる結果となる。
しかしながら、コンバ―ジャンス理論は制度が似ている国にしか適用されない。統治機構が貧弱で産業構造が前時代的であるアフリカ諸国は、その社会制度で達成される全要素生産性によるコンバ―ジャンスが発生するが、達成可能なGDPは先進国より大幅に低いが故にエチオピアやケニアなどの成長は戦後鈍化したままであった。
更に、民主主義や法の支配、自由経済が確立されていない国の成長も限られており、これがいわゆる「中進国の罠」と呼ばれる様になった。中進国の多くは先進国並みの法令順守や自由な経済構造が担保されておらず、この多くがその社会制度で達成できる限度のGDP―約一人当たり10万ドルを達成した後に、急激に成長が鈍化する場合が多い。
先進国の成長
先進国の多くは上記のモデルでの限界を迎えており、このモデルの通りであれば成長は不可能な筈である。しかしながら、実際は米英などの先進国は年率2%程度での成長を保っている。この理由は自由経済の推進による持続的な全要素生産性の上昇がもたらしている。失業を許容し、企業の新陳代謝を認める自由な経済状況下では、常に資源配分の効率性が上昇し、年間2%程度の潜在成長が見込めるようになった。全要素生産性が上昇すると一定の預金率によって左右される資本投資額が上昇し、資本量の上限が伸び、更なる資本投資も可能にする。これを行う事によって先進国は資本とGDPを成長させる事ができる。
しかし、全要素生産性と言っても、読者の多くにとっては抽象的過ぎてピンとこない方も多いかもしれない。数字で示すために以下の例を用意した。
全要素生産性の計算ーグロウス・アカウンティング
まず最初に、非先進国の成長は資本対労働比率を高める事で達成される。これを主要国の例で計算してみるのに必要なのが労働投入量、総労働時間の計算だ。主要国の総労働時間は以下の通りである。
- 資本対労働比率の計算―①労働投入量(総労働時間の計算)
国 | 労働時間H | 労働者数W | 総労働時間L |
米国 | 1763.727 | 154.6723 | 272799.6653 |
日本 | 1743.7 | 68.2533 | 119013.2792 |
ドイツ | 1391.34 | 43.5932 | 60652.94981 |
中国 | 2168.919 | 799.1861 | 272799.6653 |
韓国 | 2012.471 | 26.5535 | 53438.15666 |
ブラジル | 1709.594 | 90.5014 | 154720.6866 |
ここから、蘭フローニンゲン大学が2017年に行った主要国の資本量と労働時間を比較して、資本対労働比率を計算する。 この表にある通り、先進国は軒並み高い資本対労働比率を有している。
- ②資本対労働比率の計算
国 | 総労働時間,L | 資本量,K(米国=1) | K/L |
米国 | 272799.6653 | 1 | 1 |
日本 | 119013.2792 | 0.3616 | 0.828851704 |
ドイツ | 60652.94981 | 0.2568 | 1.155013144 |
中国 | 272799.6653 | 0.8918 | 0.140352479 |
韓国 | 53438.15666 | 0.1408 | 0.718778404 |
ブラジル | 154720.6866 | 0.1709 | 0.301326629 |
資本投入量と潜在GDPの関係性を示す一般的な計算式は
であり、ここから資本量から予測されるGDPを計算する事ができる。ここで分かる事は、資本の限界効用の効果が強く、資本比率が中国の倍近くあるブラジルの予測GDPは中国より3割しか多く無く、日本よりも資本比率が2割近く高い米国も予測GDP は1割しか上回らない。
国 | K/L | 予測GDP(一時間当たり)(Y/L) | 労働者当たりGDP(Y/L*H) |
米国 | 1 | 1 | 1 |
日本 | 0.828851704 | 0.93935 | 0.92868 |
ドイツ | 1.155013144 | 1.04921 | 0.82768 |
中国 | 0.140352479 | 0.5198 | 0.63908 |
韓国 | 0.718778404 | 0.89577 | 1.02211 |
ブラジル | 0.301326629 | 0.67042 | 0.64984 |
上記の表による予測では、日米の労働時間当たりのGDPと、労働者一人当たりのGDP、どちらにおいても米国と遜色がない予測となっている。しかし、この計算式は全要素生産性(A)を米国と同レベルと仮定したものであった。ここで、実際のデータと照らし合わせていきたいと思う。
国 | 予測GDP(一時間当たり)(Y/L=X) | 実際値 (Y) | 全要素生産性推計(X/Y) |
米国 | 1 | 1 | 1 |
日本 | 0.93935 | 0.592063 | 0.630293 |
ドイツ | 1.04921 | 0.974624 | 0.928913 |
中国 | 0.5198 | 0.158532 | 0.305054 |
韓国 | 0.89577 | 0.545477 | 0.608946 |
ブラジル | 0.67042 | 0.267844 | 0.399517 |
GDPは6割伸ばすことができる
ここまでのデータを見て頂くと、米国以外の国は全要素生産性が低く、それが故に資本投入量をフルに生かせていない事が鮮明だ。これは政治制度や経済構造が貧弱な発展途上国ではごく普通に想定しうることだが、日本の全要素生産性の低さは目に余る。この表では除いているが、資本量で言えば日本は英仏などを始めとする数多くの先進国よりも高いGDPが達成可能な筈であるが、全要素生産性の低さによって先進国最下位レベルまでに低下している。
もし日本が米国並みの全要素生産性を有していれば、今と比べGDPは約6割増しであって、約850兆円程度のGDPを達成出来るはずなのだ。完全な損失であり、国辱とも言える事柄であろう。
日本の全要素生産性を上げるには何をすればいいのか。これを次回の記事で解説していきたいと思う。
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