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日本版「アプレンタシップ」制度の導入を:デュアルシステムの型職業訓練

日本の高等教育に関する議論は「大学」という軸を中心として繰り広げられている。その上で、問題提起として「大学進学率」に関する議論や「大学の費用問題」などに焦点が当てられているが、大学制度の妥当性自体に関する議論はあまり行われていない。そもそも、教育は生徒にとって最適な教育結果を提供する事が第一であるはずで、大学制度やその拡大拡充が目的ではない。よって、現行の大学中心の高等教育制度が果たして全ての生徒にとって最適なのかどうか、前提を疑う必要性がある。今日は海外で大学と共に高等教育の要を構成している職業訓練型の高等教育「デュアルシステム」について考えていきたい。

デュアルシステムとは?

デュアルシステムとは、教育の一環として職業訓練を教育施設での学習と職場での訓練(OJT)を並行して行う制度の一般的な呼称だ。「デュアル」とは「二重」と言う意味があり、職業訓練を二つの軸で行う姿勢をあらわしており、義務教育課程修了後の継続教育の中心的な核を構成している。イギリス、ドイツ、フランスをはじめとする欧米諸国ではこの制度と同時にほぼ全ての職種を特殊技能として捉え、この要件を国家資格として定めている。結果として、中学校・高校卒業後に一・二年の職業訓練を受けた上でこの資格を獲得しないと技術職への就職が事実上難しい様に制度設計されており、(大学に進学しない場合)事実上の義務化により、デュアルシステム制度は国全体のジョブスキル向上に直接繋がっている。

日本においてもデュアルシステムは2000年代に制度として一部導入されたが、公的資格制度が存在しないなど、様々な弊害を理由に浸透が進まず、結果として事実上その存在が忘れられている。現在、国政政党の中では日本維新の会が唯一その拡充と振興を今回の参議院選挙マニフェストで掲げたくらいだ。

英アプレンタシップ制度

「アプレンタシップ」とは英語では「従弟」・「見習い」・「丁稚」などの意味があり、日本と同様、過去には熟練工や技術職に従事する事を目指す若者が低賃金で見習いとしてノウハウを学ぶ事は英国社会で一般的であった。この慣行は1968年に正式に法制化され、継続教育の一環として職業訓練校に在籍し、勉強しながら公認定された事業者の下で一定の給与を得る実践型教育制度が構築された。アプレンタシップの公的制度化はほぼ全ての技術職の国家資格化に繋がり、結果として民間主導で規格とカリキュラムの統一が図られる事となったため、地域や雇用先によって異なる慣行が統一され、雇用の流動化にも繋がった。同時に、職業訓練を完全に公的化した場合に想定される教育内容と民間常識のミスマッチが発生しにくく、制度上必ず事業者と教育者側が密にコミュニケーションを取る体制が構築される事となった。元々は肉体労働を中心として発達したアプレンタシップ制度だが、現在では各国の資格フレームワーク内にはITアドミニストレータなどの技術職、レセプショニストを始めとする所謂一般職からセキュリティガードまで、様々な職種に公的資格が導入され、アプレンタシップ制度に内包されていった。

アプレンタシップ制度は義務教育課程修了直後から参加可能となり、卒業直後から一定の収入を得ながらスキル習得が出来る事から生徒側にとってもメリットが高く、同時に従来の従弟制度と比較して公平性や労働基準が担保されている事からリスクの低減にも繋がった。同時に志望分野での事業者で直接従事し、多くの場合は課程修了後に正式に社員として雇用に繋がる事からその安定性も生徒側にとってはメリットとなる。なお、同様の制度は現在(主に英連邦諸国の)世界各国で導入されており、国際的にも評価が高い制度となっている。

同時に、移民大国であるイギリスやオーストラリアではアプレンタシップ制度の提供機関が並行して英語教育を行い、同時に雇用先となり得る事業者との連携を通じた外国人住民の就職支援の一環として機能している。

アプレンタシップ制度の経済合理性

アプレンタシップ制度は前述した通り、生徒側にとっても非常にメリットが高い制度だが、同時に雇用者側(事業者)とマクロ経済全体にとってもメリットが高い。事業者にとってはアプレンタシップ制度は試用採用にもなり、早い段階から働き手の確保が行える。同時にアプレンタシップ制度下の学生は一般の最低賃金とは別で、より低い最低賃金が設定されており、一般従業員の試用期間と比較した場合、ミスマッチが発生した場合でも損失は少なく済む。もちろん、正式な採用後の研修も省略する事が可能となる。

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マクロ経済の視点からも、アプレンタシップ制度の導入が進み、相対的に大学進学率が抑制されれば、卒業まで4年間を要する大学より速い段階で労働力が市場に投入される事になる。日本でこの制度が導入された場合、一般的なアプレンタシップは中学校・若しくは高校卒業後からその修了まで2年間を要する事となる。大学より短い期間にも拘らず、より専門性の高いスキルを持つ労働者を育成する事は生産性の向上にも繋がる。しかし、アプレンタシップ制度は若者限定の制度ではなく、転職や氷河期世代への就職支援の一環として重要なレカレント教育としても活用可能である。実際に英国では国家戦略として大学ではなくアプレンタシップ制度中心の高等教育システムへの舵切りが進んでいる。

教育の場でも選択肢の多様性を

日本の高等教育政策は大学中心の設計であり、高等教育を拡大する事は不必要な公共と個人両方の負担を強いる事と等価値となった結果、高等教育への進学率は低迷した。結果として、経済的格差を主原因とする大卒と高卒(もしくは高卒未満)と言う大きなスキル格差が発生し、社会階級の固定化にも繋がった。大学と高校卒業では雇用機会も大幅に異なる上、大学生が行うインターンシップなどの機会も限られる事から職業訓練も圧倒的に不足する事となる。デュアルシステムを中心とした第二の高等教育選択肢を創設する事はこの問題を改善させ、格差解消にも繋がる。大学無償化などの議論が白熱している今、大学以外の選択肢の整備を検討する事が必要なのではないか。

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参考文献:Apprenticeships and skills Policy in England, HM Government UK