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ずさんな個人情報管理を指摘して懲罰 湯河原町議会の闇 —ゲストライター記事

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神奈川県湯河原町議会の土屋由希子議員が町議会から違法に出席停止処分等を受けたとして横浜地方裁判所に処分取消しや慰謝料を請求する訴訟を提起した。 

筆者は、湯河原町議会に情報公開請求をおこない、訴訟に関係した合計152枚の公文書を入手し、分析をおこなった。以下、本件訴訟について詳述する。 

編集部注:湯河原町議会HP

「秘密会の議事を漏らした」として土屋議員に懲罰 

原告の土屋議員は令和2年3 月の湯河原町議会議員選挙において新人ながらトップ当選。土屋議員は、町税等徴収対策強化特別委員会の委員となった。 

この委員会の秘密会(非公開の会議)において、町税や介護保険料、上下水道料金などの滞納者約2000名の名前(実名である!)、住所、滞納額等が記載された名簿がマスキングされずに議員配付されたのである。 

名簿の配付は町議会からの要請にもとづくものである。この名簿はその日の委員会終了後にも回収されなかった(土屋議員ほか1名は自主的に返還)。 

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税金等の滞納歴は、人の名誉、信用に直接かかわる事項であり、個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの1つである。そのため取り扱いには格別の慎重さが求められるところ、秘密会であったとしても、これを みだりに配付することは許されない。 

議会からの要請があったとしても、漫然とこれに応じることは、違法な公権力 の行使に当たるといえる。思うに、徴収権が有さない議員が個別具体的な滞納情報を知る必要はないし、滞納状況をとりまとめた報告形式の資料を配付すれ ば目的は達せられるのである。 

総務省も滞納者名簿の配付について「税の徴収は特に強い公権力とされる。職 務上知り得た秘密を漏らしてはならないと定める地方公務員法の守秘義務違反 に当たり、普通に考えてありえない」(『東京新聞』令和 2 年 12 月 6 日)としている。 

土屋議員は、このように個人情報がずさんに取り扱われていることを一般質問にて問題視。「滞納者の個人情報名簿が議員に共有されて回収されていないことは問題ではないか」と質問したところ、村瀬公大議長は「『名簿が回収されていない』というのは、秘密会の内容なので懲罰の対象となる」と発言した。 

これに対して土屋議員は、滞納者名簿が配付されたことは、秘密会前の特別委員会で説明されており、会議録にも残っていると発言すると、村瀬議長は「名簿が配付されたことは秘密ではないが、『回収されていない』ということは秘密会の内容にあたる」と指摘した。 

このことが原因で、土屋議員に対する懲罰動議が提出された。懲罰理由は、一 般質問で秘密会の議事を口外したことと、自身の SNSで秘密会の議事を漏らしたこととしている。 

町議会での審査の結果、土屋議員は「公開の議場における陳謝」という処分が科されることとなった。当該処分は、町議会が(一方的に)作成した陳謝文を 懲罰対象となった議員に本会議場で朗読させるというものである。 

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土屋議員は、処分は不当として、陳謝文の朗読を拒否した。そのため、再び懲 罰動議が提出された。結果、「公開の議場における陳謝」より重い「出席停止1日」が科されることとなったのである。

湯河原町議会が可決した違法な懲罰動議 

土屋議員の発言・発信は議員として正当な行為である 

この処分は適法といえるのか。また土屋議員の発言・発信は、議員としてあるまじき非違行為なのか。 

議会の議事は通常、公開することが原則である。健全な民主主義や国民の知る権利を保障するためにも当然といえる。また議論の内容や意思決定の過程がわかるように会議録を残し、これを公開することも極めて重要なことである。 

例外として憲法は、国会が出席議員の3分の2以上の多数で議決したときに、秘密会が開催できるという規定がある。地方議会においても、地方自治法により同様に秘密会の開催が認められている。 

しかしながら、憲法は、秘密会といえでも、とくに秘密を要すると認められたもの以外は、これを公表することしている。地方自治法には同様の直接規定は ないが、これと同様に解するべきである。 

なぜなら、上述したとおり、健全な民主主義と国民の知る権利を保障するためにも、「密室政治」は極力排除しなければならないからである。そのため「衆議 院先例集によれば、第 1 国会以来秘密会を開いたことはいまだない」(『図解による法律用語辞典』自由国民社、127 頁)のである。 

町議会は、土屋議員が秘密会の議事を漏らしたという。これに対して土屋議員は、滞納者名簿が回収されていない事実は、公開されている過去の会議録にも明記されていると反論する。確かに証拠として提出された平成27年7月17日 の特別委員会の会議録には、その旨の記録を確認することができる。 

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また、秘密会の議事とは、各人の発言などを指すのであって、会議で配付された資料の管理状況には、及ばないと解するべきである。管理状況に口外したところで、滞納者のプライバシーを侵害することにならないため、配付資料の管理状況を秘密とする理由は見出しがたいものがある。 

つまり、土屋議員がいうとおり「違法な審議がおこなわれている事実は、一日 も早く是正されるべきものであり、その事実を広く国民に知らせることは公益に資する正当な行為」(訴状)なのである。いわば正義の内部告発(正当な行為) 対して、町議会は報復措置として違法に懲罰を科したのである。 

しかも町議会は自らの広報紙である『議会ゆがわら』を使って、土屋議員が秘密会の議事を漏らすという「非違行為」をおこなったとして、懲罰を科したとする計4ページの特集記事を組み、新聞折込などで配布した。

前代未聞の公金を使った、特定議員に対するネガティブキャンペーンである。

土屋議員は、名誉権を侵害され、精神的損害を被ったと訴える。町議会にも当然、表現の自由は存在するが、これでは違法な公金支出の疑いが強い。 

関連記事:中央区議会で前代未聞の懲罰 ―「いじめそのもの」

判例変更により懲罰を争うことが可能に 

以上のとおりであるから、土屋議員への懲罰は明らかに違法であり、町議会を弁護する余地はまったくない。 

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従前は、地方議会が科す懲罰については、議員の資格を失わせる「除名」を除いて、原則として司法審査の対象とならないというのが判例(最大判昭和35年10月19日・旧山北村議会議員出席停止処分事件)であった。 

この判例により、議会多数派による少数派いじめ・嫌がらせの手段として懲罰権が濫用されたわけである。 

こうした背景もあり、最高裁は、昨年11月に60年ぶりに判例を変更。出席停止処分も司法審査の対象としたのである。土屋議員に懲罰が科されたのは、昨 年9月であり、判例変更前である。 

町議会は「出席停止処分は、司法審査の対象にならない」とたかをくくっていたのかもしれない。議員1期目、しかも1年目(当時)だった土屋議員の「出る杭を打った」つもりだったのかもしれないが、判例変更は予期していなかったであろう。 

土屋議員は、筆者の取材に対して「全国では不当な扱いを受けている少数派議員が沢山いる。多数派の力で不当に懲罰や辞職勧告などを決議し、少数派を弾圧するようなことがまかり通ってしまっていては、民主主義に未来はない。私の訴訟が、この様な地方議会の闇に一筋の光を当てるきっかけになればと訴訟を決意した」と述べた。 

一方、筆者は村瀬議長にもコメントを求めたが、期限までに回答はなかった。 

土屋議員への懲罰は、民主主義に対する重大な挑戦である。横浜地方裁判所が、どのような判断を下すのか注目である。

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ライター:芦田祐介 Twitter:@XlJS43EA5A5vtGZ 自己紹介:昭和58年生まれ。京都府久御山町議会議員(1期目)。平成23年行政書士試験合格。平成31年4月初当選。

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