「自由と民主主義」という宗教 -あなたにこの2つを疑うことはできるか

※この記事は、ゲストライターによる寄稿記事です。寄稿の応募はコチラから誰でも可能です。

誰もが信じて疑わぬ「民主主義」

日本国は自由な民主主義国家である。多くの日本国民が、この状況を絶対的に正しいことだと信じて疑わない。これは義務教育で習う、あるいはマスメディアを通じて認識するなど、広く一般常識として認知されていることである。

一般常識、即ち数学で言えば公理のようなものはその真理性を疑われることは極めてまれだと言っていい。数学の公理など 1000 年、2000 年の単位の昔に証明されているからよいものの、自由主義・民主主義といった近代的な政治思想はここ 200 年の間に勃興したものである。このようなものが何の疑いもなく常識とされ、絶対的に正しいものだとされている現状を、我々はもう少し真剣に考えてみても良いのではないだろうか。

民主主義という概念は、主権が国民にあり人権を何よりも優先する思想である。これ自体を否定するつもりはない。だがしかし、民主主義が成立する大前提は「国民の興味関心が政治に向く」ことだということを忘れてはならない。極端な話いくら国民主権の国であっても、選挙の投票率が 0%であっては、民主主義は成り立たないのである。

日本では国政選挙の投票率というのは高々五割五分程度であって、要は半数の国民は政治に興味がない。更に次世代を担う若年層ともなれば下手をすれば三割を切るレベルの投票率である。このまま何もなければ 50 年後に投票率がどうなっているか、想像するに難くない。無論、選挙に行けない人にだって事情はあるし、政治に興味を持たない人にだってそれぞれの事情はあるだろう。よってこれは政治に関心のない国民を非難すべきことではないのかもしれない。

編集部注:pixabay

「近代民主主義」は果たして「民主主義」なのか

では民主政治に参画している人々はどうだろうか。おそらく多くの人がテレビや新聞、ネットなど(ラジオを使う人はもう少数派なのかもしれない)を用いて何らかの形で情報収集を行い、それらの情報を基に票を入れる候補者であったり政党であったりを決めているのだろう。果たしてこれは、本来の民主主義の形なのだろうか?

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政体としての民主主義は遠く古代ギリシャに遡るが、近代的民主主義思想に基づいた国家が形成されたのは18世紀後半のフランスやアメリカである。この時代の民主主義というのは、マスメディアといえば新聞くらいしかなかった頃であるから市民一人ひとりが能動的に演説会などを聞き、選挙権を行使していたことであろう。

ナポレオン3世 - Wikipedia
編集部注:ナポレオン三世は、選挙と国民投票によって皇帝に即位した

これと比較して現在はどうだろうか。国民が政治家と直接話したり、講演を聞きに行ったりするなど一部の奇特な人のやることのように見られ、ほとんどの人はマスメディアの情報を頼りにしている。これは即ち、マスメディアの報道次第で票が大きく左右されるということである。果たしてこれが本当に理想の政治形態であり、日本が絶対に守らなければいけないことなのだろうか。

「血を流した民主主義」と「血を流さなかった民主主義」

付け足せばフランス革命やアメリカ独立は、国民の血を以て贖ったものである。平和的に、というよりアメリカの半分押し付けによって民主政治を導入した日本とは、国民の政治に対する意識が違う。「日本人は太平洋戦争によって民主的な政治を勝ち取った!」などと宣う輩が現れる前に言っておくと、常識的なものの判断をすれば日本人が先の大戦で戦った目的は祖国の発展のためであり、祖国を守るためであり、また一部の将兵にとってはアジア解放のためであったというのは疑いようのない事実であろう。

ともかく、日本共産党を除けば武装闘争によって民主的な政治を得たと言える者はおらず、その点が日本の薄い政治意識に関連しているというのはあながち間違ってはいないだろう。

あなたに民主主義を疑うことはできるか

さて、ここまで読んできて、戦後日本の根幹を成してきた民主主義という政治形態が、少なくとも盲目的に崇拝される対象となるべきでないことはご理解いただけただろうか。僕は戦後日本にとどまらず、世界に広がる多くの国の国教は民主主義だと思っている。宗教とはすべてに優越する存在であり、絶対的なものであると理解していただいて差し支えない。民主主義を根本から否定する、例えばファシズムのような思想は世間からのバッシングによって語ることすら許されず、政治家が何かものを言うときは万事「民主的に~」といった枕詞がつく有様である。

そろそろこの宗教じみた概念について疑い、考え直し、もしかしたら壊すときが来ているのかもしれない。本稿で語ったように、時代にそぐわない面も出てきているのである。民主主義が素晴らしいもので、世界平和を絶対にもたらすものだと信じている人たちはぜひとも一度考えてみて欲しい。戦後 70 年の間、列強が行った「民主主義の押し売り」がいかに悲惨な結果を招いたかを。そしてその姿勢が、帝国主義時代の「文明の押し売り」と何ら変わっていないということを。

ライター:グロタンティーク…学生。ネット政党「令和維新党」代表  Twitter

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