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「子どもの権利」より省庁再編? 維新案「子ども育成基本法案」3つの問題点 ―こども政策特集【4】

本シリーズ「こども政策特集」は、新たにおとな研究所に解説したサイト「madaminu」にも配信される。議論の推移に合わせて、弊所でも可能な限りこのテーマについては深掘りしながら扱っていきたい。

さて、未来の社会を生きることになる世代に関する基本法案について、超党派での議論がようやく本格的に開始された。

子ども政策の司令塔となる「こども家庭庁」を設置するための、政府の法案が国会に提出されたことを受けて、自民・公明両党は子どもの権利を守るための理念などを規定する「こども基本法案」を4日、衆議院に提出しました。

自民・公明「こども基本法案」衆議院に提出|NHK

この「こども基本法」案については、第三者機関の設置が当初盛り込まれていた。しかしその後に取り下げられたため、第三者機関の重要性と法案そのものについて解説した記事を、以前投稿している。

関連記事:自民党保守派の大きな矛盾 今こそ考える「こども基本法」の意義とは ーこども政策特集【2】

政府法案の概要や経緯についてはこちらの記事を参照いただきたいが、この法案提出に前後して、野党からも対案が提出されている。時は遡って3月1日、最大野党立憲民主党が「子ども総合基本法案」を衆院に提出した。こちらについてメインに解説した記事も、近日中に投稿したいと考えている。

本稿では、11日に野党第2党である日本維新の会が提出した「子ども育成基本法案」についてその概要を解説するとともに、この法案に3つの大きな問題点があることを述べたいと思う。

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「子ども育成基本法案」で謳われていること

日本維新の会は11日、政府の「こども家庭庁」設置関連法案の対案として「子ども育成基本法案」を衆院に提出した。各省にまたがる子ども政策を一元化する「教育子ども福祉省」の新設が特徴だ。

維新、「教育子ども福祉省」案を提出 政府案「こども家庭庁」に対案|朝日新聞

まず、今国会におけるこども政策の議論の流れにおける大前提を確認したい。

現在政府与党が衆議院に提出しているのは、「こども基本法」案と、「こども家庭庁設置法」案である。前者がこども政策にかかわる理念法で、後者が実施するための新庁に関する実際の制度設計だ。

すなわち野党側から対案が提出されるとすれば、このいずれかの法案に対してであるか、もしくはこの両方に対するものであることは言うまでもない。

上記朝日新聞の記事では「『こども家庭庁』設置関連法案の対案として」とされており、これに政府案である「こども基本法」案が含まれるかどうかは不明だ。

いずれにしても、この法案提出については日本維新の会がHPにプレスリリースを掲載している。法案の概要を見ていく。

2022年4月11日(月)【子ども育成基本法案】提出のお知らせ|日本維新の会

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まず”目的”の段で「子ども」を定義し、「子ども育成支援は日本社会の未来への投資」とした。子供の育成に関する施策を総合的・計画的に推進し、縦割り行政を排除した一体的な政策実施を行うこととしている。

その上で、6項目からなる理念を明記。子どもが個人として尊重され不当な差別的扱いを受けないこと、教育を受ける機会や福祉が平等であること、社会への参画機会の確保などの他、「子どもの教育を基軸とし、それに係る福祉などの施策を行う」ことと「父母その他保護者が、子どもの教育及び子育ての第一義的責任を負う」ことなどが盛り込まれた。

加えて「基本的施策等」として、行政の責務や基本計画の策定、広報調査・地方への支援のほか、閣僚会議の設置も記載されている。

末尾に、こうした施策を行うための「教育子ども福祉省」の設置を、別で設置法を制定することを前提に明記しているのだ。

条文案の本文も公開されており、詳細については概要を御覧いただきたい。先述の通りこの法案には多くの問題があると考える。

問題点1 基本法としての欠陥

問題点の1つ目は、そもそも基本法として欠陥が多すぎるのではないかという点だ。

「理念法、基本法」なのか「設置法」なのか

この法案に関する各紙の報道を見ていると、主眼はやはり「教育子ども福祉省」の設置であることがわかると思う。

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これは立憲民主党案にも言えることだが、政府が提出した法案は2種類だ。対案として提出した法案なのであれば、それが「基本法(施策にあたっての理念や原則を明記したもの)」なのか、「設置法(省庁の設置とその役割を明記したもの)」なのかをはっきりさせる必要があるのではないか。

確かにこの法案の名称は「子ども育成”基本”法」であるし、条文末尾では「教育子ども福祉省」の設置についての法律を「別で定める」としている。しかしそもそも基本法として対案を出したのであれば、わざわざ条文に新省庁設置を盛り込む必要はない。実際の施策に関する記述と、理念目的に関する記述が混同するおそれがあるし、現にそうなっていることも否めないだろう。

政府案と大差がない「理念」

第二に、「基本理念」の①~④までについては政府案と大差がないということがある。そもそも以前の記事で解説したように、「こども基本法」案(政府案)の理念は、「子どもの権利条約」に基づくものだ。

関連記事:自民党保守派の大きな矛盾 今こそ考える「こども基本法」の意義とは ーこども政策特集【2】

「子どもの権利条約」子どもの4つの権利
生きる権利:住む場所や食べ物があり、医療を受けられるなど、命が守られること
育つ権利:勉強したり遊んだりして、持って生まれた能力を十分に伸ばしながら成長できること
守られる権利:紛争に巻き込まれず、難民になったら保護され、暴力や搾取、有害な労働から守られること
参加する権利:自由に意見を表したり、団体をつくったりできること
出所:日本ユニセフ協会「子どもの権利条約」

こども家庭庁発足へ、子どもを守る「こども基本法」がない日本の大問題 末冨芳「子ども政策に横串刺す法律が必要」な訳|東洋経済オンライン

そのため、前提となる記述はほぼ変わっていない。これらを認めるのであれば、政府案で何ら問題ないことになる。

とはいえ、この理念が政府案と維新案でまったく同じというわけでもない。

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施策が「教育を基軸とする」根拠が不明確

第三の理由は、「教育を基軸とする」意味がわからないということだ。

そもそも子どもの権利条約に明記された4つの権利に通底するのは、「生存」や「社会参加」といった自然権・人権であり、あらゆる権利の基礎となる部分である。政府案では理念の大原則であり、維新案でも理念①~④はこれらを踏まえている。

にも関わらず、⑤において「”子どもの教育を基軸として”、これに係る施策と子どもの福祉に係る施策とを適切に組み合わせて一体的に行われる」という表現が突如登場するのである。これではまるで、「教育がメインで福祉はそれに付随するもの」というふうにも解釈できかねない。

なぜ「教育を基軸とする」のかの根拠が不明確であるし、この考え方が前提となって後述の「教育子ども福祉省」が構想されているのは、大きな問題があると考える。

なぜ「第一義的責任」が「父母その他」なのか

第四の理由は、「第一義的責任」が「父母その他保護者にある」と言い切っている点である。

政府案である「こども基本法」案においても養育の第一義的責任を家庭、父母その他保護者としているが、維新案でも理念の⑥において「子どもの教育及び子育てについての第一義的責任を父母その他の保護者が有する」としている。

子ども一人ひとりにとって、家庭が最善の居場所とは限らないことは言うまでもないことであるが、法律において「子どもへの教育、子育ての第一義的責任」の所在を「父母その他保護者」とすることは、親や保護者にとって重責・抑圧以外の何物でもないのではないだろうか。「家庭」を強調すること以外に、この表現を盛り込む動機がどこにあるだろう。

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この点について、家庭における児童虐待や、いじめといった家庭外でおきたことについても家庭に”第一義的責任”を求めるのか、ひいては生命・居場所にかかわることを考えているのか、想定しているのかについて大いに疑問がある。

政府自らが法律を策定し、新たに省庁まで設置するというのであれば、むしろ第一義的責任は「国が責任を持って実施する」といった記述があってもいいくらいだ。極めて自己責任論的であり、問題があると考える。

「コミッショナー」は検討すらしないのか

第五の理由は、「第三者機関」いわゆる「コミッショナー」に関する記述が皆無である点だ。

コミッショナーの重要性については、こちらの記事をぜひご一読いただきたい。

関連記事:自民党保守派の大きな矛盾 今こそ考える「こども基本法」の意義とは ーこども政策特集【2】

政府案では設置が見送られたものの、「必要な措置を行う」として、検討は継続される見通しだ。以下は冒頭でも引用した記事である。

児童虐待などを調査したり、国に勧告したりする第三者機関の設置については、自民党内で意見が分かれたことなどから明記が見送られ、法律の施行後、5年をめどに施策の実施状況を評価し必要な措置を行うとしています。

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自民・公明「こども基本法案」衆議院に提出|NHK

一方維新案では、「第三者機関」「コミッショナー」について触れられていないばかりか、「子ども育成会議」なる閣僚会議が盛り込まれている。

政府内に合議体を置きながら当事者からの声を聞く仕組みを想定していないのは、子どもの権利条約や政府案でさえ謳われている「Children First」の理念から大きく乖離していると言わざるをえないだろう。

問題点2「省庁再編」を掲げながら新省を設置することの整合性

問題点の2つ目は、「省庁再編」と「新省設置」の整合性である。

維新案で一貫して述べられているのは、「縦割りの打破」「省庁再編」といった言葉だ。

維新の音喜多駿参議院議員も、自身のブログで以下のように述べている。

キーワードの一つは、法案を取りまとめた三木部会長らもあげている「縦割りの打破」。(中略)維新案では、福祉を中心にごく一部の教育施策の権限を「こども家庭庁」に付与する政府案とは逆に、むしろ教育を核として子どもに関する福祉施策の権限の多くを「教育こども福祉省」に一元化することを想定し、推進基本法を策定するにあたりました。

政府案の「こども家庭庁」では縦割り・多元行政は解決できない。教育を核とした「教育子ども福祉省」の設置を|音喜多駿ブログ

さらに、提出者である維新の衆議院議員も一同にこの「縦割り行政の打破」を強調しているのである。

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ここまでくると、この「縦割り行政の打破」自体が目的化されすぎているようにも見えるが、そもそも「新たに省庁を設置することが果たして省庁再編と言えるのか」という点についても考えなければならないのではないか。

「教育子ども福祉省」が「教育を基軸とし」て幼児教育や義務教育を文部科学省から移管するのであれば、文科省の現行業務の相当部分が分割されることとなり、存続意義が問われるだろう。それこそ文科省の外局・下部局にしても何ら問題はないはずだ。

にもかかわらず、「子どもにかかわる福祉」も所掌業務としている。これは現行制度を踏まえれば、内閣府や厚生労働省からの移管になるだろう。

なにも、そうした業務の移管が問題であるとは言わない。むしろ政府案のほうが不十分であり、縦割りを深化させるというのもその通りだろう。だが、新たに省庁が一つ設置される以上はそれだけ役人の数や予算も複雑化するはずであり、必ずしも「省庁再編」と言えるのかについて疑問が残る。

さらに言えば、この法案では「教育子ども福祉省」関連の予算について言及がない。予算規模や実際の支援体制が明確にならない以上、省として設置するのは些か性急ではないだろうか。

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ちなみに、維新案と同様「省」として文科省・厚労省・内閣府からの業務移管を提案している立憲民主党案では、子ども関連予算や具体的な支援策も明記している他、第三者機関も設置するとしており、この点においては維新案よりも優れていると考える。

省庁再編においてなぜ「予算」が重要になるかといえば、省庁間において所掌業務や権限の奪い合いが起き、それが予算の奪い合いに繋がるからだ。

維新案では、所掌業務が複雑化するにも関わらず予算について言及がないため、その点において立憲案に劣ると考えるのである。

問題点3 「教育子ども福祉省」という名称

ここまで、法案そのものの中身について解説をしてきたが、最も基本的な所に立ち戻りたいと思う。新たに設置される省庁の、「名前」だ。

そもそも政府案の「こども家庭庁」は、当初「子ども家庭庁」という名称で仮の検討が進められていた。

その後、自民党党内の勉強会に講師として招かれた被虐待経験者であり保護司でもある風間暁氏が、「家庭」という名称の問題点、弊害を説明。最終的には基本方針として「こども庁」という名称で検討を再開することになったのだ。

しかし、自民党における保守派や同じく与党である公明党の反対により、結局「こども家庭庁」へと戻されてしまった、というのが経緯である。

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関連記事:「こども家庭庁」への名称変更を絶対に認めてはいけない理由 -こども政策特集【1】

話を維新案に戻そう。「子ども」に「教育」と「福祉」を盛り込んだこの名前は、果たして当事者にどのように映るのか。風間氏に話を聞いた。

字面の上では確かに、「子ども」が真ん中になっています。しかしこれはずっと言い続けていることですが、結局「こどもがそのネーミングを見てどう思うか」が一番重要なんだと思うんです。「教育子ども福祉省」は堅そうだし、「教育」という言葉のイメージは決して良くありません。「福祉」に至っては、意味がわからない子もいるでしょう。「家庭」同様、本来の言葉の意味とか本質的にはどうとかそういうことではありません。やはり子どもたち一人一人ががその名前を見て、信頼できそうかどうか判断する時のハードルは、ないほうがいいに決まっているんです。

維新案「教育子ども福祉省」「子ども育成基本法」は、一体どこを向いたものなのだろうか。

参照

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