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融資制限!?西村大臣による「金融機関」発言 内容と問題点を徹底解説

 政府による日々の新型コロナウイルス対策に関する賛否は様々な点で議論されている。週明けの7月12日から実に4度目となる緊急事態宣言が発令されるという状況でもあるわけだが、今回の発令にあたっては、政府の基本的対処方針の変更も余儀なくされた。重視された観点は「また」酒類の提供である。

新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針令和2年3月28日(令和3年7月8日変更)新型コロナウイルス感染症対策本部決定

 特に居酒屋や大衆食堂などの店舗において、消費者が利用する最大の目的の一つが酒の提供。これを廃することによって、局所的なクラスターやそれに伴う感染拡大を防ごうという魂胆だ。既に感染拡大と自粛によって大打撃を受けている飲食業界だが、今回の発令はまさに命取り。補償や資金繰り支援などもままならないだけに、事業者からの不安の声というのは耐えないのが現実だ。

 そんな中で、政府でも感染対策と経済政策の音頭を取るべき西村康稔大臣(新型コロナウイルス感染症対策担当)の7月8日の会見での発言が物議を醸している。そもそもどのような発言だったのか、そしてその発言は一体何が問題だったのか、解説していきたい。

酒類の提供を続ける店に金融機関が「働きかけ」

発言は、以下の通りだ。

西村経済再生担当大臣:「応じてもらえない店舗の情報共有、関係省庁とも共有し、金融機関とも共有し、金融機関からも応じてもらえるよう働き掛けをしてもらうという取り組みを進めたいと考えています」

西村経済再生担当大臣:「(Q.金融機関に融資の引き揚げなど資金面での圧力を掛けてほしいという考えか?)これは法律に基づく要請、あるいは命令ですから、順守してもらえるように金融機関からも働き掛けをしてもらいたい」

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「恐怖で支配・・・」“酒停止”強化? 西村大臣は釈明(2021年7月9日) ※太字は編集

 要約すると、「酒類の販売停止や休業の要請に応じない店舗に対しては、金融機関から働きかけを行うよう情報共有する」というもの。他にも大臣はこの会見で、こうした店舗との取引を行う酒の卸売業者に対して「取引停止」を求めることなども述べている。

 そもそも、今回の緊急事態宣言発令にあたっては以下のような変更があった。

酒類に関する今回の基本的対処方針の変更内容

 緊急事態宣言発令地域における酒類提供店舗への対応に変化はないものの、いわゆる「まん防」適用地域でも酒類の提供をしないよう求めるものだ。これらは今回の基本的対処方針の変更に伴うものである。

 一方、西村大臣の発言内容や、会見で使用されている資料については基本的対処方針に盛り込まれていないばかりか、内閣官房や厚労省などの関係省庁に設置されている感染対策関連の部署のウェブページにも資料公開なされていない

 注意してみていくと、国民民主党代表の玉木雄一郎氏がTwitter上に画像を掲載していた。

 「飲食店対策(さらなる強化)について」と題したスライドには、確かに西村大臣が会見で述べていた内容が書かれており、提示されていたスライドそのものである。見回りや働きかけの強化だけでなく、命令・罰則の厳正適用に加え、金融機関による「融資先の飲食店への」働きかけ、卸売業者による「取引停止」が盛り込まれているのだ。

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 さらにTwitter上には、酒類の卸売業者に向けて配布されたと見られる「酒類の提供停止を伴う休業要請等に応じない飲食店との酒類の取引停止について(依頼)」という、内閣官房コロナ対策推進室と国税局酒税課名義の文書が出回っている。

 これについてはTBSなどが実際の文書とともに取り上げているため、事実とみていいだろう。(“酒類”めぐる大臣発言を撤回 批判殺到で・・・【Nスタ】

即刻の釈明と各所からの猛批判、そして撤回

 こうした発言を行ったのは8日夜だが、9日午前の時点で西村大臣は釈明に追い込まれている。

「金融機関には引き続き事業者の資金繰り支援に万全を期してもらうということで、何度もわれわれは要請してきているし、そうした対応を取ってもらっている。飲食店に対して、融資を制限するといったような趣旨ではない

「要請や命令に応じていただけない店もある中で、不公平感の解消も必要だ」

「金融機関は飲食店を含む多くの事業者と接点があり、日ごろからいろんなコミュニケーションをとっている。その一環で感染防止策の徹底も、いろんな機会を通じて働きかけていただければということだ。法律に基づく要請ではない

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西村担当相「融資制限の趣旨ではない」 産経ニュース

 「融資制限の働きかけではない」としたが、前述のように提示されたスライドでは金融機関による「融資先の飲食店への」働きかけが盛り込まれているため、そのように取られるのは当然だろう。

 業界からの反発は大きく、各メディアの報道によれば、事業者からは「とても応じられない」「恐怖による支配だ」「いじめ」との批判が上がっている。

 野党は猛反発だ。

 「権限もなく、強圧的な態度に出ることを考えているんであれば、即刻辞任をしたほうがいい」(立憲民主党 安住淳国対委員長)

 西村大臣の発言に対し、立憲民主党の安住国対委員長は、このように述べ、法律上、政府にそのような権限はないと指摘しました。

西村大臣「不公平感解消のため」 金融機関から飲食店への働きかけ TBSニュース

 一方で上司である菅首相はどこ吹く風だった。

ロイター通信によると菅首相は9日官邸で、優先的地位の濫用にあたるのではという質問に対し、どういう発言か承知していないとした上で、「そうした趣旨の発言は絶対しないと思っている」と語った。

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「休業要請、応じない店の情報を金融機関へ」に与野党からも批判。西村大臣が記者会見で語った意図とは? ハフポスト

 こうした動きに対する与党の動きは素早かった。秋までに予定されている衆議院解散総選挙を睨んでいるのか、ただでさえ都議選の影響で後退している政権・政党支持率に危機感を覚えているのか、幹部クラスが相次いで官邸入りしている。

森山国対委員長「大臣の発言というのは非常に重いものでありますから。気をつけてほしいということを、自民党として、官房長官にお願いに来た」

自民党の森山国対委員長と林幹事長代理は首相官邸を訪れ、加藤官房長官に対し、「大臣の発言は非常に重い」として、国民に誤解を招く発言がないよう気をつけてほしいと要望した。

飲食店への働きかけ 撤回 官房長官 西村大臣を注意 FNNプライムオンライン

Twitterでは若手議員らが公然と政府・党を批判。

そして最終的には官房長官が撤回と、大臣への注意を明らかにしている。

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加藤官房長官「西村大臣からは、本件に関してその趣旨をきのうの会見などで十分な説明に至らなかった。こうしたこともふまえ、コロナ室においては関係省庁から個別の金融機関などへの働きかけは行わないこととした」

そのうえで加藤長官は、西村大臣に対し、「発言に気をつけるよう伝えた」と明らかにした。

また、加藤長官は閣僚に対して、「記者会見などで発言の趣旨がしっかりと伝わるよう対応していただきたい」と苦言を呈した。

飲食店への働きかけ 撤回 官房長官 西村大臣を注意 FNNプライムオンライン

発言の問題点は「政府の越権行為」と「金融機関による優越的地位の濫用」

 そもそも、政府が「卸売業者に対する取引停止の要請」や「金融機関による働きかけの依頼」を行うことに法的な根拠がない。一般的にはこうした大臣会見や報道発表に際して多くの官僚が策定に関わり、そのなかで法的な抑制を利かせるのだが、大臣の思いつきの発言ではなくわざわざスライドまで用意しているのだから、明らかにそうした抑制が働いていないと言わざるを得ないだろう。

 そして最大の問題点が、「金融機関による優越的地位の濫用」だ。今回の発言を受けて、金融機関からの反発も出ている。

「我々に『自粛警察』をしろというのか。取り下げてほしい」。ある地方銀行幹部は発言にこう憤る。

大手金融機関の首脳も9日、朝日新聞などの取材に対し、西村氏の発言への違和感をこう語った。

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「我々に監視役をやれというのか。それが我々の本来の仕事なのだろうか」 「資金繰りをどう支援するかが我々の任務だ。自粛要請が徹底されない現実への問題意識は理解するが、筋が違うんじゃないか」

別の大手首脳も「感染防止に企業市民として協力しましょう、と大まかな方向性については飲食店と話せるかもしれない」としつつも、「(酒の提供などの)個別の話をするのは難しい」と取材に語った。メガバンク行員は「資金を引き揚げるようなことはダメだし、酒の提供も最終判断は飲食店がする」と言う。

「自粛警察をやれというのか」 西村大臣発言に銀行困惑 朝日新聞

 なぜここまで大きな反発が出るのかと言えば、実際に金融機関がそうした手段に出た場合に法的な問題が発生するからである。私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)の第19条(不公正な取引方法の禁止)及び公正取引委員会の「不公正な取引方法 一般指定」第14号(優越的地位の濫用)に抵触する「優越的地位の濫用」に当たるのだ。

 不公正な取引方法については独禁法で以下のように定められている。

  • 一 不当に他の事業者を差別的に取り扱うこと。
  • 二 不当な対価をもつて取引すること。
  • 三 不当に競争者の顧客を自己と取引するように誘引し、又は強制すること。
  • 四 相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもつて取引すること。
  • 五 自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること。
  • 六 自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引を不当に妨害し、又は当該事業者が会社で ある場合において、その会社の株主若しくは役員をその会社の不利益となる行為をするように、不当に誘引し、そそのかし、若しくは強制すること。

 金融機関というのは業者に対して融資を行うという関係上、双方の影響の差や情報の非対称性があるため、優越性があるとされる。独禁法や公取の告示では、こうした優越的地位の濫用を明確に禁じているのである。西村大臣の発言は事業活動の拘束を金融機関に押し付けることになり、相当の法的問題を有する。

 そもそも西村大臣は一番最初の会見で、「それは金融機関が、その店に対する融資の引き揚げや貸付、そういった資金面での圧力をかけて欲しいという風にお考えなのでしょうか」と記者に問われ、「様々、日常的にやり取りを行っていますので、法律に基づく要請あるいは命令でございますから、しっかり遵守していただけるよう金融機関からも働きかけを行なって頂きたい」と回答している。つまり「資金面での圧力」を否定しなかったのだ。批判が殺到したため翌日午前に釈明する中で、「そのような趣旨ではない」と軌道修正した、というのが真相ではないだろうか。

 最終的にはこの方針について撤回に追い込まれたものの、緊急事態の布告にあたって憲法上・法律上の裏付けがあまりにも乏しいことがこうした問題を引き起こしている点については改めて強く指摘せざるを得ない。政府は感染症対策と同時に、極端な営業自粛に追い込まれている事業者への救済となる経済対策こそすれ、そうした人々を不必要に痛めつけ、恐怖で支配するような政策は絶対に行ってはならないのである。

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